答9 それから、甘い運命の出会いへ

 僕は彼女の、モブ子ちゃんの過去を聞いた。


 自分はいてもいなくても、世の中には何も影響しない存在でしか無いことに子供の頃に気が付いたこと。

 人畜無害の良い子ちゃん、でも、何の面白みのない女の子、それがモブ子という女の子であること。

 モブ子ちゃんは自分の中の不安を吐き出した。


 僕はそんなことはない。

 君は僕にとって大事な人なんだと、熱く語った。

 でも、その3日後、君は僕を捨てた。


 何がいけなかったのだろう?

 僕は君のことは本当に好きだった。

 本当に大事な人だと思っていた。

 でも、君にとっては、僕なんて……


 ……ああ、寒い。

 どうしてこんなに寒いのだろう?


 僕は何も考えたくなくなってきた。

 このまま過去の後悔とともに、永遠の眠りについてしまおうか?


「ゲボァ!?」


 自虐的に笑うと同時に、喉が焼けるような感覚に咳き込み、僕は覚醒した。


「よう、少年、気が付いたか?」


 僕が咳き込みながら顔を上げると、完璧なまでの冬山登山用の装備をしたヒゲ面の男がニッと笑いかけていた。

 その手には高濃度の蒸留酒を入れるためのスキットルを持っている。


「え? ぼ、僕は、一体?」

「お? 日本語じゃねえか、お前さんも日本人か? 奇遇だな、俺もだ」


 ヒゲ面の男はまた楽しそうに笑った。


 僕は混乱した頭だったが、男に今の状況を説明してもらった。


 どうやら僕は、魔の山マッターホルンの登山中に遭難して倒れていたらしい。

 突然の猛吹雪で登頂を断念したこの男が、下山中に偶然僕を発見して介抱してくれていたそうだ。

 今は、この男が緊急で設営したテントでビバーグしている。


「あ、ありがとうございます。なんてお礼をしたら……」

「良いってことよ! 困った時はお互い様だぜ?」

「で、でも、僕はこんなにお世話になってしまって……」

「気にすんな。どうしてもお返しがしたかったら、別の困ったやつにしてやんな。旅ってのは、そうやってお互いに助け合うもんだ。返せない恩ってのは、別の誰かに返してやるってのが、旅の流儀だ」


 と言って、男は笑った。

 僕はこの器の大きい男に感謝の涙を流し、打ち明け話をした。

 

 男は、僕のウジウジとした話を真剣に聞いてくれた。

 男の持っていたスキットルのブランデーを回し飲みし、僕は思いのすべてを吐き出した。


 彼女に、モブ子ちゃんに振られて世界中をバックパック一つで旅をして回っていること。

 何か見えない力に弄ばれていて、運命の相手を探していること。

 でも、疲れてしまってもう何もかも投げ出したいこと。

 などなど。


 とても初対面の相手に話すような内容ではなかったが、男はいつまでも聞いてくれた。

 

「まあ、あれだ。ありきたりな言い方だけど、人生ってのはなるようにしかならねえもんだ。今やれることをやってくしかねえ。もしかしたら、運命の相手ってのは、探していない時に出会うもんじゃねえの? ま、俺は独身だから知らねえけど! ハッハッハ!」


 男は調子よく笑っているけど、この言葉は僕の魂の奥底まで響いた。

 僕はこの男のような、大きい人物になりたいと思ってしまった。

 そして、男の事を聞いた。


 男はソムリエで世界中を旅しながら修行しているらしい。

 今は休暇中で、マッターホルンに登りに来たそうだ。

 これから南米に渡るそうだ。

 僕は、この男の弟子になりたかった。

 でも、断られた。


「バーカ! 出会ったばっかの相手を信用すんじゃねえよ。ま、お前が可愛い女の子だったら考えてやっても良かったけどな。例えば、ロリ魔女っ子とか、ケモミミ娘とかよ!」


 と、冗談のような本気のように男はいつまでも笑っていた。


 吹雪が止むと僕たちは揃って下山し、別れた。

 僕はいつまでも男に感謝し、別れ際の背が見えなくなるまで頭を下げ続けた。


 僕はここで、気持ちを切り替えた。

 

 分かりもしない運命の相手を探すのはもうやめよう。

 これからは、夢を追いかけよう。

 尊敬してしまったあの男のように、ワインの道を極めるんだ!


 僕は決意を新たに、旅立った。


 でも、今の僕にはワインのことなんて分からない。


 そうだ。

 今の僕が知っているワイン産地、フランスへ行こう。


 僕はフランス・ブルゴーニュへと飛んだ。

 訳も分からずにワイナリーにテイスティングに行った。


『コモンタレブ?』

「え、ええっと?」


 僕はフランス語も分からないのでどうすればいいのか困り果てていた。

 その時に、颯爽と現れた女性がいた。

 彼女が僕の代わりに受け答えをしてくれた。


「テイスティングさせてくださいって言えばいいのよ。簡単よ?」


 と、クスクスと笑った。


 大和撫子のようなさらりとした黒髪のセミロング、穏やかで涼し気な顔立ち、細身なのに程よく突き出た胸、見た目は完璧。

 機智に富んでいて、教養も申し分ない。

 いや、僕が偉そうなことを言えるわけがない。


 僕の心は完全に射抜かれた。

 間違いない、彼女こそ運命の相手だ


 僕はついに運命の相手に出会ったのだ。

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