答1 僕の答え

 やれやれ、彼女もこういう面倒くさいタイプなのか?


 せっかく理想の彼女に出会えたと思ったのに。

 

 僕はこれまでの人生、夢を叶えようと脇目も振らずに真っ直ぐに突き進んできた。

 僕がしている今の仕事は将来の夢の下働き、人生をかけた仕事の修行だ。


 その僕が仕事を選ぶことは揺るぎない。

 ならば、彼女は遠回しに別れを切り出しているのだろうか?


 ……いや、違うな。

 彼女は僕を試しているのだ。


 彼女は僕が夢の実現のために必死に生きてきたことを知っている。

 彼女との出会いだって、僕の原点であるフランスで出会った。

 僕が何を求めて、何をしているのかよく理解してくれている。

 僕が修行のために、アメリカのオレゴンに飛んだ時も笑って見送ってくれた。

 地球の反対側のチリに半年飛んだ時だってそうだ。

 僕が彼女を大切に想い、夢を叶えるための最愛のパートナーだって感じている。


 僕はそんな彼女と別れたくなんかない。


 その彼女がなぜ、こんな無理難題を吹っかけてきたのだろうか?


 それはおそらく、理想と現実は違うということを教えようとしてくれているのではないだろうか?


 人生というゲームは、いつだって突然残酷な二択に迫られることがある。

 いや、一方的な理不尽に見舞われることもあるだろう。

 

 その時が来る前に、僕に考える力をつけさせようとしてるのではないか?


 これは二択と見せかけて、第三の選択肢がどこかに隠されているに違いない。

 それは、真ん中にある塀、行き止まりにあるはずだ。

 塀とは、つまり壁でもある。

 人生にはいつだって壁が立ちはだかる。


 その度に、引き返すのか?

 それとも迂回をしなければならないのだろうか?

 

 いや、そんな事はない。

 乗り越えるという選択肢もあるはずだ。

 

「……ねえ、まだ答えられないの? そんなに優柔不断で夢を叶えられるのかしら?」


 僕は彼女に急かされて、思索の海から戻ってきた。

 だが、ギリギリ間に合った。

 僕は現実に戻ってくる前に、答えを見つけられた。

 ニコリと微笑んだ。


「僕は、仕事も君も選ぶ」

「……何それ? 答えになってないわ」

「いや、これが僕の導き出した正解だよ。僕は夢である仕事を君と一緒にしたい」

「ふーん。それって、どういうこと?」

「つまり、夢を叶えるために独立開業する僕を支えてほしい。僕と結婚してくれないか? いや、しろ」


 僕は強気にドンと彼女の前に立った。

 さすがの彼女も呆気に取られている。


「……強引ね。あなたってそういう人だった?」

「壁をぶち壊すには勢いがいるのさ。 ……もう一度言う、僕と結婚しろ」


 僕が今度こそ渡そうと、毎回内ポケットにしまったままだった結婚指輪を取り出した。

 彼女は呆れたようにため息をついた。


「ハァ。まったくもう、ワインの道を極めようとしている人なら、もうちょっとロマンチックなプロポーズが出来ないのかしら?」

「……それで、君の返事は?」

「返事? 私に拒否権はあるのかしら?」

「ううん? ……ない、ね?」


 僕にいたずらっぽく笑う彼女は、スッと指輪を薬指にはめた。

 ぴったりだったことで、僕はホッと胸をなでおろした。


「じゃあ、行きましょう? 最高のシャンパンを冷やしてあるから」

「え? 冷やしてって……あれ?」


 ああ、そうか。

 やられたなぁ。

 いつだって彼女のほうが僕よりも一枚上手だ。


 彼女は本当に僕のことを理解している。

 こうでもしないと僕がいつまでもプロポーズが出来ないことを。


 これが、この二択をした彼女の真意だったんだ。

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