無力な俺は異世界でライトノベルを執筆する~異世界に転移したのにチートスキル無し!?それでも世界を変えられるはずだ。異世界にはないライトノベルを執筆することで!~

ポニポニ/東城一輝

第1話 無力な転移者

 状況を整理しよう。

 俺は昨夜、いつものようにベッドの上に寝転がりながらスマホでラノベを読んでいた。そして寝た。よし、ここまでは大丈夫だな。

 そこまではいいとして、今俺の目の前に四つん這いで泣きながら何かを喚いている女性がいるのはなぜなのだろうか。

 ここがホテルの部屋みたいな場所であったなら一夜の過ちを起こしてしまった可能性を考えたが、軽く見回してみたところこの部屋は神聖な場所っぽいし、ベッドじゃなく魔法陣みたいなやつの上に立っているから違うだろう。そもそも女性経験のない俺にどうやって過ちを起こせるというのか。

 さて、俺としては目の前の相手に尋ねてみるしか選択肢がない。


「なぁ、ここは――」

「なんでこんな弱いのが来るのぉ! 何の力もないよー! 次の召喚ができるのが何十年、何百年先かもわからないのに失敗しちゃった……うわぁぁあん!」


 何がなんだかわからないが、罵倒されていることは伝わってくる。シンプルにちょっと傷ついた。

 甲高い泣き声からして子どもなのかもしれないな。ただ、四つん這いになっている上に着ている服の装飾と背中についている羽っぽいものがあまりに巨大で数も多く、身体の部分がよく見えない。髪の毛の色がピンクということはわかるが。


 よく考えなくてもわかる。これはまだ夢の中だろう。凄くリアルな夢。そう、明晰夢とかいうやつだ。

 ――ダメだ。ほっぺをつねると痛い。現実だ。

 しかしこの子、いつまで泣いているのだろうか。わけのわからない状況で泣きたいのはこっちの方なのに。

 まぁ、女性がこうなっている時は泣き止むまで傍で黙って聞いているのが男の役目だとネットで見たし、実践してみよう。


「落ち着くまで待ってるから、安心してくれ」


 魔法陣の上で仁王立ちし、目の前の相手を落ち着かせようと声をかける。


「ひぐっ、ぅぐっ……っふぅーっふぅ……」


 どうやら少しは落ち着いてきたらしい女の子が呼吸を整え始めた。これでやっと話ができそうだ。


「とりあえず話をしよう。な?」

「ん、わがった」


 彼女はゆっくりと立ち上がり、涙や鼻水を羽衣のような袖で拭き取ると笑顔になった。今の今までわんわん泣いていたわりに切り替え早いな。


 やっと全身を確認できたが……やっぱりまだ子どもじゃないか。ショッキングピンクな髪とゴールデンな瞳だし、着ている服は仰々しいし、羽っぽいものが8個くらい背中についているけれど子どもだ。

 十二歳くらいだろうか、背が低いせいで羽やら袖やらをめちゃくちゃ床に引きずっている。幼いながらも将来の美しさが保証されているレベルで端正な顔立ちが少し妬ましい。

 さて、聞きたいことは山程ある。一気にいくぞ。


「まずは自己紹介からだ。俺の名前はトウジョウカオル。十八歳。君の名前は?」

「ウメコの名前はウメコ・アマンダ・ヨハナ・エカチェリーナ・ルイーズ・アウローラ・クレアーレだよ。一億二千歳でーす」

「そうか。俺は昨日まで自分の部屋に居たはずなんだが、ここはどこなんだい?」

「んー? ここはウメコ達のおうち。カオルにとっては異世界ってやつっ」

「よし。それじゃ俺を呼んだ理由は? もしや世界が崩壊しかねないような危機が訪れているのか?」

「この世界を楽しくしてくれる人が来たらいいなーって思ったから召還したの! 世界は平和ぁ」

「オーケー。ところで俺に特別な力とかはあるかい?」

「ないよ! だからさっき泣いちゃったんだもん。こんなの一億二千年生きてきて初めてだよー」

「なるほど。ところで元の世界に帰る方法はあるのかな?」

「無理ー! もう帰れないからこの世界で頑張ってっ」

「そうかぁ」

「そうだぁ」


 俺は腕を組んだまま、ゆっくりと目を閉じる。

 ――どこからツッコめばいいのだろう。

 多国籍すぎるフルネームか。世界を救う為みたいな大義も無しに召喚されたことか。せっかく異世界に来たのに何の力も持っていないことか。もう元の世界に戻れないことか。

 色々とショックだったけれど、十二歳くらいだと思ってたのに一億二千歳だったのが一番ショックだったな。一と二が含まれているから半分は合っていたようなものだが。

 仕方ない。こうなってしまった以上は少しでも快適な暮らしを送りたいし、今一度目を開き、もう少し話を聞いてみよう。


「ところでウメコ。その格好からして、ウメコはとっても偉い存在なんだろう?」

「うん。女神の一人だし、偉いんだぞー」


 予想通り女神だったか。天使の可能性も一瞬考えたが、天使にしては羽の数が烏滸がましいから女神だろうと思った。

 得意げに羽をピコピコ上下に動かしやがって。なんか風が凄い来るからやめろ。


「女神様なウメコは、とっても強いんだよな?」

「とーっても強いよ!」


 自慢げに平坦な胸を張っている。胸の戦闘力は低い。


「それなら、俺がこの世界で生き抜く為の力をくれないか? ほんの少しでいいんだ」

「ふっふっふ。そんなこともあろーかと、力は既に授けてあるのです!」

「おぉ! どんな力なんだ? 発動条件とかあるなら教えてくれ」


 ちょっとワクワクしてきたぞ。俺としては特別な力なんていらないし、魔法っぽいものが使えるだけで嬉しい。


「もう発動してるでしょ。ウメコとお話できてるもん。カオルにはこの世界の言葉がわかるんだよ」

「あぁ……そうか、俺とウメコが話せているのはそのおかげか。つまり、本当は今ウメコは現地の言語で喋っているんだよな? それなのにリップシンクが完璧に見えるのもウメコの力なのか」


 さっきから話していてずっと気になっていたことを聞いてみる。

 細かいところが気になるオタク気質。俺の悪いところの一つだ。


「うん。見えるものや聞こえる音がヘンテコに感じないようにカオルの感覚や認識を自動で調整してるの。カオルが話している相手には、カオルが現地の言語で喋っているように聞こえてるし見えてるよ」

「凄いな」


 素晴らしい。洋画の吹き替えとかであまりにリップシンクが合っていないと気になって仕方がない俺にとっては非常にありがたい。

 だけどまだ気になることがある。


「なぁ、ウメコの名前が俺の世界にある色んな国の単語を並べているように聞こえたんだが、そのあたりはどうなっているんだ」

「そんな風に聞こえたの? でも『ウメコ』はこの世界でもちゃんと『ウメコ』って音だよ。それ以外の部分はカオルが認識しやすいようになってるんだと思う」


 つまり、ファーストネームだけは本当の名前だが、その部分以外は『それっぽい外国語がカタカナで並んでいるとカッコいい』と感じてしまう俺の厨二心が作用しているということなのか。わりと恥ずかしい。

 ちょっと待てよ。逆にこっちが日本語以外を喋ったらどうなるんだろうか。

 俺は組んでいた腕を解き、呼吸に集中する。


「Asshole」


 ――よし。上手く空気が抜けていくようなS。RではなくLの『ル』。いけたな。

 英語の授業でネイティブっぽい感じに発音する奴がいると決まってバカにする連中がいたが、お前らにはできない芸当を俺はやってのけたぞ。


「カオル、お尻の穴がどうかしたの?」


 ウメコが俺の下半身へと視線を移しながら聞いてくる。そこを見るな。


「あっそう、今のが尻の穴と聞こえたんだな」

「うん。ねぇ、大丈夫?」


 なるほど。

 尻の穴と英語を意識しながら『Asshole』と言えば相手にもそう認識されるが、特に意識せずに発音が少し似ている『あっそう』を言っても尻の穴にはならないんだな。和製英語だとどうなるのかも気になるが、まぁいいか。

 ウメコが今度は心配そうな目つきで俺の顔を見てくる。やめてくれ。


「あぁ、もう大丈夫だ」

「それならいいけど……ちなみに、文字を読む時も今説明したのと同じ感じだから安心してね。しかもカオルの世界の文字で書こうとするだけで自然に現地の文字として書けちゃいまーす」


 識字も完璧なのか。普通にチートスキルみたいなものだな。


「それも凄く助かる。他には?」

「以上です!」


 ない胸をこれでもかと張りながらのドヤ顔。

 それだけかよ、と言いたいところだがひとまず助かった。会話できない文字も読めないでは、異世界で生き抜くことなんてできないだろうし。

 とはいえ、武力的な意味で何の力もないのは不安マシマシだ。というか魔法が使いたい。俺はMMORPGをプレイする時でも必ずメイジ系を選ぶくらいには魔法が好きなんだよ。


「ウメコの魔力的な何かをほんのちょっぴりだけでもくれるとさらにありがたいんだが、ダメ?」

「あげないよ。修行でもしなよ。多分カオルがいくら修行しても魔術は使えないけどね、魔力ないし」


 ウメコの目は冷たく、呆れたような声だ。やはり、どれだけ愛らしい姿をしていても神は神だと痛感する。元の世界にあった神話に登場する神々と同じで、異世界でも神というものは気分屋でわがままなところがあるらしい。

 というか修行してもダメなのかよ。


「それじゃ、そろそろ転送するよー」


 突然空中に大量の記号のようなものが浮かび上がり、俺の身体を取り囲むようにして動きだした。

 転送。つまりは他の場所に送られるんだろう。今更この程度のことでは驚かない。


「俺はこれからどこに送られるんだ?」

「どっかの町! あんまり魔獣とかいないとこにしておくねー」

「そうか……わかった」


 表面上はなんとか取り繕っているが、正直不安でいっぱいだ。

 ウメコは平和な世界だと言っていたが、それはあくまでウメコのような神にとっては平和、ということなんだろうな。

 俺みたいな一般人にとってはすぐに命を失ってしまうような世界なのかもしれない。いや〈魔獣〉なんて単語が出てきた時点でその可能性は高いはずだ。何の力も持たない俺が、果たして生きていけるのだろうか。


 周りに浮かんでいる記号が俺の感情と同じ青白い色で発光し始める。


「カオル」

「なんだ?」


 青白い光の先で、ウメコが微笑んでいる。


「最初は召喚に失敗しちゃったと思ったけど、そんなことなかった。カオルがウメコと普通にお話してくれてとっても嬉しかった! 今は、カオルならこの世界を楽しくしてくれるかもしれないって期待してるよ! 頑張ってね、また会おうね!」


 ほら見ろ。やっぱり神ってやつは気分屋でわがままだ。勝手に召喚されて、色々と不安にさせられて、恨み言の一つでもぶつけてやりたかったのに。


 どこか寂しそうな微笑みを浮かべている女神にそんなセリフを吐かれたら、憎み切れないじゃないか。


「――あぁ、また会おうな!」


 今の俺にできる精一杯の笑顔で応える。

 そして、全てが光に包まれた。

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