明日の君さえいればいい

藍坂イツキ

前編「何もない僕」

 昔から一人だった。


 何をやるにしろ、何かを為すにしろ。

 助けてくれる人は一人もいなくて、助けてあげれる人もいなくて、友情なんて聞いた事がないほどに誰もいなかった。


 あんなにも仲が良かった両親は離婚して、今は僕の元からいない。理由は正直、息子である僕も定かではないがきっと、育児だとか、教育方針だとか、他にも夫の稼ぎも少なくてお互い不満たらたらのまさにほつれた糸の様だったと聞いている。


 確か、僕が小学1年生の時に居なくなったはずだから、二人の記憶ももはや消えかかっていて、今では写真を見返さないと顔が出てこないくらいには薄いものになっている。


 まあ、今でこそ両親の事はどうでもいいけれど、勿論当時は辛かった。急に消えてしまった、何でなのかも分からないし、僕の事が嫌いになってしまったんじゃないかって、そう思って来る日も来る日も考えていた。


 考えても、考えても、結局分からなくて……いつの日か母親の妹の夫婦の元に迎えられていた。


 迎えてくれた二人は凄く優しくて、僕の事をまるで犬を愛でるかのように楽しそうに接してくれた。嬉しいな、こんな風な家族の元に生まれたかったな。そうやって、心の何かが高まれば高まるほど、どんどんと気分が落ち込んでいく。


 子供ながらに、その構造に気づいた。


 生まれは選べないという構造に、僕と言う人間に選択肢はないということに。


 そうか、そうか、そうか。


 理解して、泣いて、でも頑張って、学校に行っても友達も出来ずに、結局ここまで生きてきた。


 いっそ死んでみたくて、でも結局死ねなくて。


 惰性も惰性。

 怠惰に生きてきた。


 


 そんな僕、何もない僕。







「——————君って、狼みたいだよね」


 


 



 と僕が何かも知らないくせに、君は言ってきた。


 「え」と声を出して、何も変わらない窓の外を眺めていた顔を声の方へ向ける。すると、そこにいたのはクラスの中でも明るい「君色日葵きみいろひまり」という女の子だった。


 若干赤っぽい黒髪に、綺麗に輝く焦げ茶色の瞳。

 整った顔は今どきの女優を彷彿とさせる、まさに日葵たいようのようなような女の子。僕には縁のあるはずもない、初めてであったに等しい君は嬉しそうに笑みを溢す。


「あ、ようやくこっち向いた」


 ようやくも何も、今君が言ったんだろ。と思ったが口には出さず、ゆっくりと聞き返す。


「あ、あの……僕に何か?」


 信じまい。

 何もない孤独な僕に構ってくれる優しい女の子はいない。


 今まで何度も騙されてきたから分かる。だから、自分を気づ付けないようにと肩に力を入れて、ぎゅっと身構えた。


 しかし、身を引きながら訊いた僕を見て、君色はにへらと笑みを浮かべる。


「……何かないと話しちゃダメかな?」


「えっ……」


「えって……私の事嫌いなの?」


 ぐぬぬと近づいてきて、僕の机の端に手を付ける。

 何を言っているんだ? と怖がる僕を見て余計に嬉しそうになる君色。


 そんな彼女に怖がる僕を見て、さらにニヤニヤと笑みを増す。


「き、きら……いじゃないけど」


「じゃあいいじゃん?」


「な、何が——」


「ん~~、何でもないけど、なんかあるっていうかね?」


「い、意味が分からないよ……」


「それは私もだよ?」


「え……」


 さっきから何を言っているのかが分からなかった。

 おかげで夢なのかと、これは現実に疲れ果てた僕が頭の中で描いた妄想が具現化して夢として形になっているのだと思った。


 しかし、近づいてきた君色を押しのけようと掴んだ手がほのかに暖かくて、掴んだ指の爪で引っかかれて痛みを感じた。


「夢、じゃない……」


「あ、ごめん……って、何? 夢?」


「っい、いいいい、いやなんでもないよ?」


「……へぇ……そう」


 焦って首をぶんぶん振ると、ジト—っと目の色を変える君色。得意げにもう一度だけ身を寄せて、耳元でこう言った。


「私みたいな可愛い女の子に声を掛けられて夢じゃないかって疑ってるんだ」


 図星。

 図星のずですら驚くくらいに言い当てられて、余計にからだが強張った。


「べ、別に——っ」


 否定するが時すでに遅く、分かってるといたずらな笑みでふぅと息を吐く。


「っ」


「……かわいいね」


「な、何をっ」


「狼くんか……なんかそそっちゃうね」


 本当に意味が分からない。

 意味も、理由も、何もかも。


 何もなかった孤独な僕の前に、突如として現れたのはよく笑う太陽のような女の子。


 独特な雰囲気で、いつもとは違った表情で、一人の僕を攻めていく。閉鎖空間に閉じこもっていた僕を引き戻そうとするように、づけづけと土足で侵入してくる女の子をただただ、じっと見つめることしか出来なかった。













「どうしたの、さっきから私を見つめてさ? あ、もしかして、見惚れちゃってた?」


「……見つめてません」


「へぇ……目が合ってたのに、否定しちゃうんだね?」


「ほんとです……」


「っ……うそつきはダメなんだよ?」


 夕暮れ時の教室。

 北海道の真っ白な光景の真ん中で、僕たち二人は出会ってしまった。

 いつの日か感じた買った温もりを、君だけいてほしい熱情を。


 僕は知る。


 

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