第4章 澄んだ星と濁った宝石

4-1

 昔から、勇者あいつのことが大嫌いだった。


 人助けだなんだって偽善者ぶって悪魔討伐に出かけていく背中に、何度悪態をついたかわからない。

 そして、遠征が増えるから――そんな理由で預けられた捨てられた幼い双子を気遣った教会の家族みんなに、「寂しくありません。みんなのために戦うお父さんは私の誇りですし、いつかまた一緒に暮らせるって信じていますから」なんて答えるステラの作り笑顔も大嫌いだった。


『ステラ、お前馬鹿なんじゃねえの? あいつがあんなに必死なのは、全部自分のためだろ? あんな奴、誇れるもんかよ』


 守護天使だった……不老長寿だったはずの母さんが死んだのは、自分人間と関わりを持ったせいだ。出会わない方がよかったのかもしれない――。そう、シアン牧師に懺悔ざんげする姿を見て気づいたんだ。


 人を救って感謝されることで、妻を殺した自分を許そうとしているんだってことに。


 その証拠に、あいつが悪魔討伐なんて稼業を始めたのは、母さんが死んだ直後からだった。だけど、いくら説明してもステラは首を横に振る。


『ジュジュ……。私、思うの。お父さんはきっと、お母さんができなかった分まで、私たち双子を守ろうとしてくれてるんだって。だから悪魔を――』

『大事に思ってるっていうなら、顔くらい見に来るだろ。そうしないのは、子どもなんてつくらなきゃよかったって後悔してるからだ。……俺たちは、自分が母さんを殺したっていう証拠なんだよ。だから、捨てられた』

『捨てられてなんていない!』

『いいや、捨てられた! 仕送りがなくなったのが、その証拠だろ!?』

『それは貧しい地域に出向いて無償で悪魔退治をしてるからだって、シアン牧師から聞いたでしょう!?』

『自分の子どもより、赤の他人の方が大事だっていうのか? この教会には資金源がないって、知ってるくせに?』

『……ジュジュ。働きに出てくれていることは、本当に感謝してる。だけど、お願い。それ以上、お父さんを悪く言わないで』


 ステラが泣きそうな顔をするたび、苛々して。見ていられなくて、俺は教会を飛び出した。


 適当に時間を潰して、ふらりと戻る。そんな日々が終わったのは、あいつが魔王を倒したっていう噂が流れてからだった。



 人間界の英雄――『勇者ブルネット』。それがあいつだって、最初は信じられなかった。だけど、噂を聞けば聞くほど、そうとしか思えなかった。


『ジュエル。これでまた、家族三人で暮らせるね』


 ステラは、あいつが帰ってくると信じて疑っていなかった。俺だって、そうだった。

 嬉し泣きするステラに抱きしめられながら感じた、ふわふわした気持ちはよく覚えてる。鼻の奥がツンとして、喉の奥が熱くなって……視界がうっすら滲んだことも。


『……帰ってきたら、まずぶん殴ってやる。散々放置しやがって……』

『ふふ。本当は、嬉しいんでしょう?』

『馬鹿じゃねえの? そんなわけないだろ』


 だけど、いつまで経ってもあいつは帰ってこなかった。手紙の一通も来ない。

 だから、しびれを切らした俺は教会を飛び出した。あいつが暮らしてるっていう島に行って、どういうつもりなのか聞くためだ。

 ステラは止めたけど、振り返らなかった。




 

『――ブルネット様に子などいない! 即刻立ち去れ!』


 散々歩いて、海を渡って、ようやく辿り着いた勇者城でぶつけられた言葉がこれだ。

 最初はその兵士が知らないだけだと思ったが、違っていた。騒ぎを聞きつけて集まってきた兵士全員が、口をそろえて「勇者には亡き妻はいるが、子はない」なんて言う。

 本人に会わせろ。何度もそう訴えた。それなのに、全く取り合ってくれない。


 だから、あいつが気に入ってるっていう菓子店で働くことにした。猫をかぶって接客をして、母さんやステラがよくやっていたようにサブレーを焼く。

 そして数日が経った頃、『勇者ブルネット』が従者を従えて店にやってきた。


 あいつだった。


 ステラとよく似た顔も、少し掠れた声も、年の割に高い身長も、全部あいつのもので間違いないのに……。それなのに、目が合ってもなにも言わない。 

 俺は、店を出た直後のあいつを追いかけた。


『おい! お前、どういうつもりだよ! 息子の顔を忘れたってのか!?』


 通行人がぎょっとして足を止める。いきりたった従者を止めるようにして振り返った『勇者』は、静かに俺を見据えた。


『何を言っているのかわからないな。私には息子などいない』


 嘘をついてるような口ぶりじゃなかった。

 冷静に見つめられて、咄嗟になにも言えなくなる。だけど、ステラの顔が思い浮かんだ瞬間、俺は奴の胸ぐらを掴んでいた。


『ふざけんな……っ! ステラはずっとお前を待ってた! ……今だって待ってるんだ! また家族三人で暮らそうって、そう言って――』

『知らぬと言っているだろう。目障りだ、消えろ』


 知らない――?


 本当に何を言われているのかわからなくて。固まった俺を一瞥すると、あいつは襟元を整えるようにしてあっけなく俺の手を外した。


『行くぞ』


 背中を向けた『勇者』のうしろに、従者たちが続く。

 野次馬たちが徐々に散っていく中。俺はその場から、しばらく動けなかった。

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