第7話 冒険者になるため訓練です。これもラノベのネタのため。


 エーファとの模擬戦の翌日。そこには自らのベッドで魘されながら寝込んでいるエルネスティーネの姿があった。

 今の彼女は全身の痛みで起き上がることすらままならない。その痛みの正体は。


「う、ううぅ~。う、動けない……。まさか身体強化の魔術の反動がこれほどとは……。やっぱり体を鍛える必要がありますねこれ……。」


 そう、その痛みの正体とは、激しい筋肉痛である。その激しい筋肉痛によって、エルネスティーネはベッドに寝込んでいた。

 それも当然だ。体を鍛え始めたばかりの彼女が戦闘経験をトレースして、しかもルーン魔術によって自らの限界以上の身体能力を引き出したのだ。その反動が肉体に来るのは当然である。

 まともに体を鍛えていない女性がそんな無茶を行えば、当然激しい反動に襲われるのも当然。これぐらいで済んでよかったぐらいである。


「お嬢様、水を持ってまいりました。どうぞそのままで。」


 そんなベッドに横たわったまま身動きの取れないエルネスティーネに対して、エーファは甲斐甲斐しく全ての身の回りの世話を行っていく。


 アーデルハイトから許可を得たエーファは、メイド長からの許可も得て、付きっきりでエルネスティーネの面倒を見ている。

 元々、エーファはエルネスティーネのお付きのメイドであり、彼女の世話を行う事を第一にしている。そのため、エーファが抜けても屋敷の運営に大した影響はないのだ。


 トイレや体を拭く事、食事や水に至るまでほぼエーファの手を借りなければ行えないほどの激しい筋肉痛である。

 まるで要介護状態だな、とエルネスティーネは思わず苦笑いするが、そんな彼女の部屋に、アーデルハイトがノックをして入ってくる。


「ごきげんよう。どうかしら?体調は。筋肉痛?それなら大丈夫ですわね。」


起き上がれないほどの筋肉痛に苛まれている妹に対してしれっとそう言い放つ姉。

いや、でもこの姉は身内には比較的甘いが、戦い関連ではやたら厳しいので有名だ。

特に兵士たちの訓練ではまさしく鬼教官で、舐める男たちは悉く叩きのめし、自分も同じ戦闘訓練を行っているので兵士たちから恐れられているとメイドたちから聞いたことがある。

確かに冒険者になるためには、戦闘訓練が必要だが、この姉は戦闘訓練となれば妹でも容赦なく厳しくなりそうで嫌である。

訓練での汗の一滴は実戦での血の一滴。

むしろ愛しているからこそ、厳しく実戦訓練を行ってきかねない。


「で、何で冒険者になりたいんですの?前から本についてあれやこれや言っていましたが……いきなりそんな突飛な行動に出るとは思いませんでしたわ。」


優雅に椅子に座り、指を頬に当てながら、はあ、と困った用にアーデルハイトはため息をつく。

確かに、今まで普通のお嬢様だった女性がいきなり冒険者になってダンジョンに潜りにいく何て事を言い出したら、自分自身を怪物の餌に捧げるとしか思えないだろう。

その点、姉に心配をかけてしまった事を反省したエルネスティーネは、素直に自分の目的を姉やエーファに対して話す。


「なるほど。本を作りたい。それを一般に普及したい、と。

確かに、あなたは昔から本が好きだったので、頷けはしますが……。

ですが、それなら私に相談にして家から資金を出してもらえばいいのではないですか?」


確かにエルネスティーネの家は辺境伯であり、貴族としては中ほどの家だ。

辺境伯は、単なる伯爵より上であり、侯爵に近い。

それだけの家ならば、当然軍事力を維持できるだけの財力は持ち合わせている。

(いかにこの家が質実剛健を美徳とするからと言っても)


その財力を使えば、版木を出すなり、本の大量生産に働きかけるなりする事は可能である。

何故それをしないのか、と考えるのは当然だろう。

だが、それに頼らず、できる事は自分で行いたい、とアーデルハイトに説明した瞬間、アーデルハイトは喜々として手を叩く。


「なるほど。我が家に頼らず、自分の力で自分の夢を叶えてみたい、とそういう事ですか。……素晴らしいッ!その心意気、私感服いたしましたわ!」


えぇ……と姉の勢いに思わずエルネスティーネは引いてしまう。

確かに我が家は、辺境伯であり混沌と法の勢力から国家を守る最前線である以上、武力と自分の力を最優先で崇める傾向がある。

その傾向からすれば、自分の家の財力を頼らずに、自分の力で自分の望みを叶えようとするその姿は、身内の贔屓目なしでも極めて好ましいものだとアーデルハイトには見えたらしい。


「了解しましたわ。そういう事でしたら別段反対はしません。

ともあれ、貴女はまず体を鍛える必要がありますわ。

エーファ。貴女がこの子を鍛えてあげなさい。私がやると軍隊式でこの子を潰す可能性がありますから。」


「はい、畏まりました。お嬢様。」


確かに、アーデルハイトの兵士の鍛え方は文字通り鬼教官として評判だとこちらにも漏れ聞こえてくる。

たかが女ごとき、と侮る兵士たちは多いが、魔神の力を借りたハイ・オークを倒したその武勇と、皆が死にそうになりながらこなす訓練を平気で行っていく彼女に異を唱える兵士たちはいない。

その鬼教官っぷりも、混沌の勢力と法の勢力からこの国を守護する最前線に立つ辺境伯の当主として当然の物だと皆理解をしている。

ともあれ、そんな軍隊式の鍛え方をいきなりエルネスティーネに行ってしまっては、彼女の肉体を壊してしまう事も、熟練の教官でもあるアーデルハイトは理解しているのだろう。


そのため、彼女の事をよく理解しているエーファに基礎的な訓練を任せたのである。


「ともあれ、ゆっくり休みなさい。それでは。」



 姉が去った後、エルネスティーネは筋肉痛に苛まれながらも、ベッドに横たわるだけだったが、当然の事ながら、暇を持て余してしまう。(特に体調が次第によくなってくれば)そういえば、こういう世界でよくあるステータスとかどうなっているんだろう、と思って色々調べてみるが、結局ステータスは出てこなかった。

 やっぱり世の中そんなに甘くはないか、と彼女は思う。

 せっかくの異世界なのだから好き勝手にやりたい、と思うのは自然だろうが、やはり報告・連絡・相談を怠るべきではなかった、と前世のサラリーマン時代の事を思い出して思わずため息がでる。 

 まあ、姉も理解を示してくれている訳だし、これからはきちんと報連相をやっていこう。それが自分の夢を叶える一番スムーズな方法なのだ、と彼女は実感した。


―――それから数日後。

筋肉痛がすっかり癒えたエルネスティーネは、エーファによって基礎的なトレーニングを行っていた。


「お嬢様!ペースが落ちていますよ!」


屋敷の周りをランニングしているエルネスティーネに対して、エーファは叱咤激励する。

それに対して、息切れしながらノロノロと走っているエルネスティーネは流石に悲鳴を上げる。


「ひぃ……。ひぃ……。エーファもう勘弁して……。」


「そのセリフ、襲い掛かってくる怪物たちに言ってみますか?

怪物たちはそんなセリフでは止まりませんよ!はい、もう三周!」


ひぃ~と悲鳴を上げながらエルネスティーネは再度走り出す。

エルネスティーネにも、いざという時の体力不足は死を招くと理解できる。

そして、そんなセリフなどで怪物や敵兵士たちが止まらない事も理解できる。

とはいえ、つらい物はつらいので愚痴を吐きたくなっても仕方ない。


「はい、お嬢様。タオルと水ですよ。」


「あ、ありがとうエーファ……。」


ひぃひぃ言いながら何とか基礎的なトレーニングをこなしたエルネスティーネ。

だが、そんな彼女に対して、エーファはさらに無情な言葉を放つ。


「はい、それでは一息ついた後に今度は武器の訓練ですね。

今度はメイスとショートソードの訓練を行いましょう。」


「こ、このオークゥ……!デーモン……!!」


鬼、悪魔と言うよりはこちらの方が分かりやすいと思って口に出した言葉だったが、エーファはそれをしれっと受け流す。


「私がオークなら、アーデルハイト様はアークデーモンでしょうね。

ともあれ、口がきける余裕があるなら、これ以上の休憩は不要のようですね。」


ひぃ~と悲鳴を上げるエルネスティーネを余所に、エーファは容赦なく戦闘訓練を行う態勢に入った。

そして、それから数ヶ月後、しっかりと戦闘訓練に加え体を鍛え、基礎的な体力をつけたエルネスティーネはついに冒険者へとなる決意を固めた。


体を鍛えるだけでなく、ルーン魔術もきっちりとセッティングして指でルーンを描くだけで発動するように魔術準備を整えておく。

混沌から魔力を引き出せるのなら、ケイオス・マジックやその派生であるシジル魔術などが相性がいいのかもしれないが、あいにくと魔術師としての本格的な訓練を積んだ訳ではないので、戦闘中にとっさに放てるか分からないので、もっと発動させやすく分かりやすい魔術のセッティングを行うことにした。

ルーン文字にはそれぞれ意味がある。そのルーン文字に従い、発動する魔術ヲセッティングし、ルーンを刻んだ瞬間に指定した魔術が発動する。

いざという時でも発動しやすく、分かりやすい工夫である。


以前とは異なり、今度は堂々と冒険者ギルドへと向かうことができる。

冒険者用の装備や武装なども、きちんと整えられて取り置きしてもらっているはずだ。

だが、そんな風にウキウキと冒険者ギルドへと向かうエルネスティーネには、気になる事は一つあった。


「……で、何で貴女までついてくるんですか?」


それは、エルネスティーネの背後にぴったりと影のように付き従っているエーファの存在である。流石にメイド服ではない私服に着替えてはいるが、後ろに銀髪の怜悧な容貌をしたスレンダーな美女を付き従えているエルネスティーネの姿はかなり目立ってしまう。

(エルネスティーネ本人が美少女なこともあるが)


「確かに一撃を入れられたらダンジョンに入る事を許可するとは言いましたが、一緒に冒険についていかないとは一言も言っておりませんが?」


た、確かにそうだ。ついてこないとは一言も言っていない。

思わず頭を抱えそうになるが、彼女が信頼できる味方である事は事実である。

絶対に裏切らない、背中を任せられる戦闘力の高い味方。冒険にとってこれほど重要な存在はいない。喉から手が出るほど欲しい人材である。


「まあ……そういう事なら仕方ないですね。

頼りにしてますよ。エーファ。一緒に冒険を成功させましょう。」


「はいっ、お嬢様。」


普段の感情をあまり露わにしないクールな彼女に対しては珍しい、少しだけ喜びを露わにしたエーファに対して、可愛らしさを覚えつつも、エルネスティーネは気になった点を指摘する。


「……それとお嬢様は禁止ね。冒険の時にお嬢様なんて呼ばれたら他の人からどんな目で見られるか……。」


「かしこまりました。お嬢様。」


しれっと答えるエーファの言葉に思わず頭を抱えそうになってしまうが、彼女は信頼できる貴重な戦力なのだ。

それを踏まえればこの程度我慢すべきだろう。

頭を抱えながらも、彼女たち二人は冒険者ギルドへと向かった。

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