第3話 同志

「え。菜央ん家、反対なんだ。」

 目の前で持参した弁当を広げ始めた優乃ゆのが「お父さんとお母さん、先生なんだっけ」と言うのを聞いて、菜央はうなずいた。「食べないの?」と問われて「早弁。英検が近いから」と短く答えて問題集を広げる。

「なんでダメなんだろうね。東京行きたい、ってそんなにおかしいかな。」

 卵焼きを形の良い唇の隙間に押し込んで、優乃は言う。

 女の子の一人暮らし、楓もそうだった――先日の葉子の言葉が菜央の頭の中で渦を巻く。あの後、父:正樹まさきもプリントを見て目を瞬かせた。そして、高い目標を持って努力するのは良いことだが、まだ一年生だから早まって決めることはない、とだけ言って、ろくに見ないうちに菜央にプリントを突き返したのだった。

 菜央が昼休みを潰してまで資格取得のために勉強している理由は、そこにある。両親が折れないのなら、折れるまでいくらでもアプローチする――そんなつもりだった。

「優乃の家は?」

 菜央がシャーペンを走らせながら訊くと、うち? と彼女は首をかしげた。

「うちは、逆にお父さんが『就職に強い所ならどこでもいい』って言い出してさ。」

 優乃が「うち、すっごい雑でしょ」とおかしそうにけらけら言うのを聞いて、菜央は顔を上げる。

「なにそれ」

「だから私もどうせなら東京の方にしようかなって。」

 さすがに菜央と同じ所は無理だろうけど、と続けて優乃は軽い口調で言った。聞かされた菜央の方が面食らっている。

「そんなので決めちゃって良いの?」

 呆れる菜央を尻目に、当の優乃は大きくうなずいた。

 優乃は「前から、大学生になったら家を出たいって思ってたんだけどね」と口に入れていたプチトマトを飲み込んでから言った。

「ここ以外の世界を見てみたい。」

 彼女の瞳は、いつもの夢見がちなそれとは少し違っていた。ここではない遥かな都会を、しかし確かで現実的な近い将来を見ている。

「こんな田舎にはないものがたくさんあるんだろうな、って。」

 そう聞いて、同志だ――直感的に菜央はそう思った。

 世間一般でいう常識とは違う、いつの間にかなんとなくで決められた常識ものがまかり通り、それ以外を選ばないようにと注意される。そんな家から、この田舎から、少しでも良いから離れたい。

「それを大人になるまでに見てみたい。それには東京みたいな所が一番だと思ってて――」

「行こうよ、東京。一緒にさ。」

 菜央はシャーペンを持ったまま、思わず身を乗り出す。

「ええ……、めっちゃノるじゃん。」

 困惑気味に、それでいながら優乃は微笑んだ。

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