第28話

 首を傾げながらも図書館に入る。

 図書館は入学式を行った大講堂同様のコンセプトで立てられたのだろう。

 外観も内装も幻想的で荘厳、全学年のとはいえ一番人数が少ない"Sクラス"が使うには広すぎる。

 いまにも妖精が飛び出してきそうだ。

 一部の天井は吹き抜けで温かな光が燦々と降り注いでいる。

 図書館の扉も両開きだったけれど、おそらくブレスレットを自動認証しているのだろう、瑠華が近づくと何もせずとも静かに開き、中へ入り終わると自動で閉まってしまった。


 全体的に大きな窓ばかりで内心本が傷まないだろうかと心配しながらカフェを目指す。


 司書らしき青い『超越者トランセンダー』の制服をまとっている男性に会釈しながら、興味深く図書館内を観察。

 吹き抜けになっている場所はどうやらリーディングルームであるらしく、何故か中央に高さ数十メートルはあろうかという巨木がこれでもかと枝葉を広げている。

 とあるCMの木のようだと思いながら瑠華は歩く。

 巨木を囲むように設置された材質も木材の机と椅子には細やかな細工も施されていて、見ているだけでも楽しい。


 中庭に面した場所にはカフェがあり、中庭側は全面がガラス張り。

 案内されたのはその中庭側の特等席。


 このカフェはどうやら給仕である緑の『超越者トランセンダー』の女性と、料理担当らしき紺の『超越者トランセンダー』の男性という構成らしい。


 この学校の敷地内そこかしこに『超越者トランセンダー』が配置されている事に驚きながらも、瑠華はモーニングセットの「本日のお任せ」を頼んだ。

 調べた限りこのカフェは図書館の本の持ち込みがOKなので、来る途中にとある本をゲットしていた瑠華は朝食を待ちながら読書を始める。


 美しい小鳥の囀りがBGM代わりに聞こえてきて気持ちが良い。

 だから店内には音楽が掛かっていなかったのだと納得しながら中庭に視線を移す。

 色の濃い八重の桜や枝垂桜が見事だ。

 完全な和風の庭という訳でもなく、かといって洋風かと言われたら首を傾げる不思議な作りが目に楽しい。

 一言で言えば幻想的。

 これに尽きる。


 巷の新たに構築されたインターネット上にも『怪物モンスター』についての情報はあふれている。

 世界中で『地獄インフェルノ』を生き延びた五歳以上はほぼ皆が『怪物モンスター』を目撃したことがあるのもあり、『超越者トランセンダー』の世界共通組織の公式サイトにも『怪物モンスター』を大まかに載せているし、研究者が個人的に『怪物モンスター』事典を自らのサイトで紹介している場合もあるが、瑠華としては紙の本で読むのが好きだったので『怪物モンスター』事典をわざわざ図書館で見つけて楽しんでいた。


 著者を見ると見知った人物であり、翻訳者も見知った相手で目を丸くしながら読み進める。

 実際の写真を使っているから『怪物モンスター』の姿に違和感が無い。

 見慣れた姿と生態や体長、体重に目を凝らす。

 瑠華は共に居る人物を守るのと、自らが生き延びるのに必死で今まで特に意識したことは無かったが……じっくり黙読しながら感じる違和感にどうにも気分が落ち着かない。

 喉に小骨が引っ掛かっている様に何かがこう……もどかしさに大きなため息を吐いた時に朝食が到着して一旦考えるのを止めた。


 選んだフルーツジュースはさっぱりするグレープフルーツ。

 一口飲んで人心地。

 たっぷり野菜のポタージュは新玉ねぎと新ジャガイモ。

 新玉ねぎだけのポタージュも美味しいけれど、大きな器にたっぷり入ったこれもとても口が楽しい。

 焼きたてらしいクロワッサンにポーチドエッグとベーコンが添えられていて非常に嬉しくなった。

 最後に淹れたての甘いミルクティーで締め終わる。


 授業に間に合うよう”ステラ”に教えてくれるよう頼んでいたが、改めて時間を確認してもまだまだ時間がある。

 早起きの者で今頃朝風呂でもしているだろう時刻だ。

 ならばと更に熱心にページを捲りだした。


 どれくらいそうしていたのか、”ステラ”の連絡で事典を閉じる。

 瑠華は早めに時間を設定していたとはいえ席を立つことにした。


 着た時は誰一人客はいなかったが、今は複数人が目に留まる。

 此処に入れる時点で瑠華と同じ”Sクラス”ではあるのだろう。

 学年が違うようだと視線を動かしながら思いつつ、このカフェを守る二人に礼を言って図書館も後にした。


 どうやらこの図書館の本は全て登録されているらしく、利用できる”Sクラス”は自由に持ち出し可能という事で、彼女は同じ著者と翻訳者の『怪物モンスター』事典の全てを首から下げたネックレスに通した指輪へと収納し、様々な事柄を記憶から吹っ飛ばした結果意気揚々と教室へと向かっていた。


 何事も無く『1年S棟』へと到着し、一階を覗いてみればどうやらカフェレストランで朝食を摂っている者も複数いるらしい。

 特に”Sクラス”は食べることが可能な場所が多いとは聞いているが、確かにそうだと瑠華は思う。

 もちろんこの学校に通う事が許された者ならば、一番下のランクの存在さえこの国の普通とされる学生より格段に豪華な生活がおくれるのだ。

 その分命懸けで戦わなくてはならない訳だが……


 瑠華はのんびりとエレベーターに乗り込み閉めようとした瞬間、乗り込んできた人物に目を見開いた。

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