第26話

 瑠華は一つ大きく深呼吸。


「"Sクラス"に一族の生き残りが居るのよね?」


 改めて確認。

 自分でも薄々は分かるのだが、瑠華はどうしても記憶に自信がない。

 幼い頃に一族から引き離されたのだ。

 一族の知識さえあやふやな面が多いのだから、成長した一族の生き残りの顔と名前を合致させるのは難しい。

超越者トランセンダー』としての能力なのか一族の能力なのかの判別も出来ないが、能力の『系統』から一族ではと辛うじてではあるけれど分かるくらいだ。

 それほど紫苑や瑠華の一族の能力は他と隔絶していた。


 だから瑠華は思うのだ。

 ――――自分の周りに付けられていた人物達は、一族の血をひいているのではないか、と。

 それが濃いのか正統なものかは分からないが……


「ああ。香水かすい 夜宵やよい雫石しずくいし 香夜かよ。香水の生き残りと雫石の生き残りだ。昔に会った事がある。二人共それぞれ紫苑と瑠華の側近候補だったはずだ」


 凱に言われた事で、遠い記憶が徐々に鮮明になる。

 紫苑と瑠華をキラキラとした瞳で恐る恐る遠巻きに見ていた少女達。


「雫石家の生き残りと香水家の生き残り……」


 思わず瑠華は呟いていた。

 それぞれ家の当主が女系の家系だったからだろう、彼女達が生き残ることが可能だったのは。

 加えて、使と家の者から死に際に懇願された。


(私と同じく。だとしたら――――)


 ろくな目には遭っていないだろう。

 あの『地獄インフェルノ』と言われた期間。

 それは弱者には様々な意味で本物の地獄。

 身を守る為に、大切な存在を守る為に、何より生きる為、守ると決めた存在に生きて貰う為には何でもしたし差し出した。

 搾取され続けて死んだ者も多い。

 明日は我が身とは思えど庇うのさえ命がけ。

 国家としての力を国土に行き渡らせることを取り戻した現在でも、世界中で未だに解放されない奴隷の様な存在も居ると聞く。

 ――――特に容姿の良い戦う力の無い女性は格好の餌食だった。


 何度も何度も何度もだ、を腐るほど見てきたから。

超越者トランセンダー』を相手取って囚われた相手の救出に出向いたのも、『地獄インフェルノ』が終わってからの方がが多いのだ。


 瑠華を見て下劣な提案をしてきた輩も……数えるだけ馬鹿らしい数だった。


 それでも――――生きなければならない。

 償う為に。

 生きていなければ何一つ守れない。

 に、大切な存在の死に際に託されたのならば、それを叶えなければならないから。

 だから――――


「紫苑。雫石も香水も攻防支援と満遍なく得意だったよな、うん。だから側近候補だったんだし」


 剛は顎に手を当てながら真剣に紫苑を見る。


「そうだな。確か適正もそれで間違いない。とはいえだが。……剛も凱も"力"は問題無く使えるんだな?」


 紫苑に確認され、二人は視線を合わせて同時に肯く。


「俺は実際それで戦って生き残ってきた。ま、"擬装"してはいるけど」


 剛はニヤリと笑ってみせた。

 そういう不敵な表情が良く似合う。


「オレなんか『地獄インフェルノ』期は一族の"力"だけだったから。剛兄と違って当時は『覚醒者アーカス』にも『超越者トランセンダー』にもなってなかったからさ。ま、相手が『超越者トランセンダー』だって勘違いしてくれたりもあったな。それに"力"で『怪物モンスター』も倒せた」


 凱がさも当然と、自信満々な表情。

 彼は彼でこれまた様になる。


「それなら……『世界転変』時に『覚醒者アーカス』になってはいなくても、一族ならば『地獄インフェルノ』を生き残れた確率が高いという事……?」


 瑠華が恐る恐る口にすると、目を見張った剛と凱が肯いた。


「そういう事になるわな」

「確かに。それで剛兄と俺も生き延びたんだし。雫石と香水もそうだろ」


 それに勇気を得て、どうにか頑張る。


「あのね…私の側に護衛で居た人達、その、一族の血を引いている、かも……薄いのかもしれないし、正統でもない…とも思うのだけれど」


 瑠華としては、常に感じてはいたけれど表現するのに苦慮していたのだが、どうにか言葉にする事に成功。


「……マジかよ……」


 凱は渋い顔。

 瑠華と寮に来た連中には負の感情しかないからだ。

 出来れば同族は勘弁である。

 瑠華が言うのだから否定はできないが、嫌なものは嫌なのだ。


「……――――ありえない話じゃあないけどな」


 剛も渋い顔ながらも可能性は認める。

 近くで見た実感としてもそうであるのに加え、何より瑠華の感覚だ、信じるに値する。


「紫苑はどう思う?」


 剛が話を振ると、紫苑は腕を組みながら大きなため息を吐き、これでもかと眉根を寄せて忌々しげに肯く。


「…可能性は高い。おそらく同族だ。但し瑠華の見立て通りだろう」


 感情が希薄な彼にしては珍しい程の嫌悪の表情の強さに瑠華は戸惑うばかりだ。

 それでも情報の共有は間違いではないはず……と自分をどうにか奮い立たせる。


「……だとしたら、その…仲間に引き入れる事は可能……かな……?」


 瑠華の言葉でその場の空気が凍ったのは言うまでもない。

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