第21話

『鑑定』と『識別』が終わり、瑠華はどうしたものかと何とは無しに紫苑を見ていると、突然紫苑と視線が絡み合い、慌てて逸らす。

 逸らした先で今度は凱と見つめ合う事に。

 へにゃっと思わずを向ければ、不遜な作りの顔から変わらず優しい、けれど懐かしそうな笑みが返ってきてむず痒い。


 ――――その優しい、宝物へと向ける笑顔が、靄がかかった記憶を鮮明にした。


 途端、瑠華は息せき切って走り出す。

 背中に無数の視線。

 殺気走った代物も含め、様々な色が乗っていた。

 ――――だが、それらに構っている暇は一切ない。

 絶対に独りで泣いているに決まっているのだ。

 泣き虫なのはきっと変わっていないと確信してしまう程、不変な懐かしい姿が脳裏から今まで消えていた事が信じられない。


「ルカ!?」


 椿には有象無象の輩でしかないにも関わらず、鬱陶しい程まとわりつかれて足止めされ、出遅れはしたが待っていた瑠華を彼女が呼ぶ声。


「え? 瑠華!!?」


 終わって瑠華の方へと向かっていた薫の困惑した声。


 だが、彼女はそれらが聞こえない程に、脳内で響く思い出した声に集中している。

 ――――何故すぐ気がつかなったのかと忸怩たる思いに囚われながら、ひたすら走った。


 居る場所は分かっていたのだ。

 であるならば、こういう時に必ず居る所。

 強い確信を持って脇目も振らずに走り続けた。


 広い構内だが、地図を見れば何処に行けば良いかはには一目瞭然。

 きっとあそこだと兎に角足をひたすら動かす。

 自分の身体能力の低さに歯噛みしながら、それでも一刻も早く行かなくてはと。

 他の事は考えない。

 考えられない。

 絶対に彼は――――


 そうしてたどり着いた先。

 湖畔で漣が打ち寄せて綺麗だけれど目立たない場所。

 やはり其処に彼は居た。

 膝を丸めて体育座りで顔を伏せて。

 肩が小刻みに揺れているから、思った通りに相も変わらずに泣いている。

 きっとから何も食べずに眠りもせずに泣いていたのだと分かるから……

 ――――堪らなくなって、名を叫ぶ。


ごう兄様!!!」


 瞬間発せられたのは名前だけではなく……にかかっていた霧も瑠華は意図してはいなかったが見事に綺麗さっぱり晴れたのだ。


「……瑠華!!!?」


 茫然としながらも、忘れてはいけないはずの、忘れる筈もない大切な宝物の名を呼び返したのは――――黒い『超越者トランセンダー』の軍服を着た瀬見せみ つよし――――否、神守かんもり ごう


 その彼へと瑠華は走った勢いのまま抱きついた。


「うわっ! 瑠華、お前生きてたのか!!!!?」


 一晩中泣いていたからだろう、剛は兎の様に真っ赤になった目を見開いて、涙と鼻水で傲慢さを感じさせる整い過ぎた美貌はグチャグチャ。

 だがそれがいつも通りの剛だったからこそ、瑠華にはどうしようもなく懐かしい。


「剛兄様こそ! 五体満足ですか!? どこか癒えない傷は!!?」


 まだ涙の筋が残る剛の両頬を慌てて掴み、鼻がくっつきそうな程の近距離から、昨日見た時とは若干色が違っている瞳を躊躇なく心配そうに覗き込む。


「……大丈夫だ、大丈夫だから……瑠華は? 痛いとこないか? 泣いて…ない、か……?」


 打たれ弱くて自分が今さっきまで泣いていたのに、それを忘れて瑠華を案じて揺れる剛の瞳が、あまりに彼らしくて、生理的なものを除けばというのに……胸が詰まって訳もなく泣いてしまいたくてどうにかなりそうだった。


「――――大丈夫。私は大丈夫だから……剛兄様、会えなくなってから一体……?」


 様々に去来した思いを押し流す。

 過った過去を綺麗に隠し、珍しい心からの微笑。


 会えなくなっていた従兄。

 会えなくなっていた一族の一人。

 大切な存在。

『世界転変』以前に音信不通になっていた。

 子供だったこともあり、どうしようもなかった。

 学校にさえあまり行けなくなっていたのだ。

 況や家から出るのはほぼ不可能。


 あの日、どうにかからの誘いだったからこそ外出できた。

 加えてハロウィンだったからこそ可能だったのだ。

 あの輩共は体面と評判を気にするからこその一計。


 ――――ずっと、行方不明になっていた一族を探していたのだ。


 けれど……あの『地獄インフェルノ』で更に探すのが困難になっていた。

 瑠華以外にも家族や友人を探している者は世界中で多い。

 特に『世界転変』が起こった時に海外に居た者は、それが旅行や出張や留学で一時的なものだったとしても、死体さえ見つからない場合や遺体の一部だけというのもザラだった。

 ……精神を病んで病院に入れられていればまだマシという状況なのだ。

 実際、何らかの能力で奴隷さながらに使われていたり囚われている者も少なくはない。


「ああ、それは――――」


 剛が、昨日の濃い藍色の瞳から紫が多めの藍に変わった瞳を瞬かせながら話そうとした時、拘束するように瑠華の首に男性の物だろう腕が強引極まりない強さで回され、彼から無理矢理引き離された。

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