第16話

 紫苑の様子が昔より悪化しているのは理解したが、どうしたら良いのかは分からず困惑。

 瑠華にしてみても、紫苑がそうなってしまっている理由は分かるのだ。

 分かるからどうにかしようとしても、上手くいかない。

 紫苑からしてみれば正解ではない理由なので的外れとはいかずとも、非常にもどかしいのが問題の一つであり、更に瑠華の事情を全て彼が正確に知らないのも悪化させている要因なのだから、どうしようもなく悪循環となっている。



 どうにか全ての『組』が発表され、また教官の霧虹が一番前に立つ。


「何故わざわざ1学年全員を集め、口頭で『組』を伝えたのか? そう思っている者も多いでしょう。皆さんが身につけている『超越者トランセンダー』専用バングルやブレスレットに送信すれば済みましたからね」


 一旦口を閉じた事で、皆が理由を考え耽っているのを確認してから、彼は徐にまた話し出した。

 瑠華にしてみればろくな理由ではないだろう事が分かるからこそ、思わず眉根が寄ってしまう。


「直接目視し名前を聞く事で、可能となる事があります。詳しくはいえませんが、皆さんに何をしたのかというと――――『組』同士を”連結”、もとい、”運命共同体”に設定しました」


 そこでまた言葉を切るものだから、なんとも不穏な単語の所為で騒然となるのは仕方がない。

 思わず『組』となった相手を見てしまうのも……


 『組』になった、千里の不安に揺れる瞳に、申し訳なさそうな瑠華が写る。

 攻撃力が役に立たない瑠華だからこそ、霧虹の告げた言葉に心が苦しくなったのだ。

 足を引っ張る可能性は非常に高いと思えばこそ。


 千里にしてみれば”Sクラス”の彼女の足手まといになってしまうのではと……表情が曇るのも当然だった。

 ――――逢いたいと切望していた瑠華相手だからこそ、格好をつけたかったのだ。

 現実はままならないと、夢想していた事との違いに……既に心が拉げだしていた千里は、乾いた笑いがもれそうになるのを抑えるので必死。


「もう少し説明しますね。要するに、『組』の片方がケガをしたら、もう片方も瞬時に同じところにケガが出来ます。もう少し具体的に言いますと、『組』の片方の足を根元からなくした場合、すぐに片方の足も根本からなくなるという事ですね。ああ、毒状態になった場合も同様です。後は転んだり穴や階段から落ちても同じ様に転びますし落ちますね。ですから片方が死ねば片方も死にますよ。まさに”運命共同体”ですね」


 霧虹の言葉が終わったとたん、”Sクラス”の複数人と、3クラスに別れている”Aクラス”の大半が手を挙げる。


「では……一番背が高い君」


 やはり名前を呼ばずに指名する霧虹に、”Sクラス”以外は慣れていないからだろう戸惑っているのが伝わってくる。

 それを気にも留めずに”Sクラス”の彼は苛立たしげな表情ではあるけれど、抑えた声で話し出す。


「これでは確実に上位クラスの方が割を食います。いつまでその状態が続くのかは教えないつもりでしょうか? それとも上のクラスはこれくらい問題なく熟して見せろということだと判断すれば?」


 まだ入学したばかりの新入生であるにも関わらず、教官の中でも一番体格の良い霧虹以上だろう堂々たる美丈夫の朗々と響く声。

 上位クラスも下位クラスも各々理由は違うが動揺していたのを、あっという間に鎮めてしまう声だった。


「正解ですね。光照こうしょう やまと。”運命共同体”の状態がいつまでかは……ええ、秘密ですよ。更に付け加えますと、通常は同じクラスで組むのが理想ではあります。ですがそう上手くいく場合ばかりではありません。上位者になればなるほど少なくなる。ですが厄介な案件は上位者がいなければどうしようもない。結果的に上位者ばかりのチームではなく、様々に混ぜる事になってしまう。それを踏まえての、何事も臨機応変に対応できるよう、真っ先に不利な状況での動き方を憶えて欲しいがためのテストです。実際の任務に就けばどんな状況に追い込まれるかは未知数。最悪の斜め上もザラですし、その時偶然一緒に組むことになった相手が運よく自分より上の相手というのは…上位者であればあるほど少なくなるのは分かりますね。前もって組む時でさえ難しい事も多い。ですから体験して下さい。どんな点数でも構いません。これは演習でありテストです。ここで失敗しても次に生かす為の物。例え上手くいったとしても改善点はあるものです。そうして己を磨いていってください」


 大半の者が教官の霧虹の言葉を噛み締めていると、先程より穏やかな声でまた話し出した。


「では午前中はこれで解散です。昼食を終えてから13:00までにこの場所に集合して下さい。『組』同士で親睦を図るも良し、クラスメイトと仲を深めるのも良しですから、有意義に使って下さいね」


 皆が三々五々に散る中、どうしようかと悩む瑠華に、近くに居た椿が彼女の記憶通りの明るい声で微笑みながら話しかけてきた。


「ルカ! 一緒に食べようよ」


 瞬時に了承の笑顔を返す。


「それは勿論。ただ……どこで食べたら良いのかしら……」


 寮の自室で読み込んだ資料によると、複数の食事をする場所があるものだから真剣に悩みだしたルカに、椿は彼女の相変わらずさに思わず笑みがこぼれる。


「変わらないのが逆にホッとする。そうだね、それじゃあ折角の初日だし、全学年合同の食堂、下見がてら行ってみる?」


 悪戯っぽい表情の椿の言葉に、それも面白そうだと瑠華も肯いた。

 ――――お互いの『組』の相手の表情にも気がつかずに。

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