第9話

 ブレスレットに内蔵されているAIであるらしい"ステラ"に言われた通りに、大講堂から『1年S棟』へと向かう。

 学年ごとに校舎は違うのだとも"ステラ"に教えてもらった。

 更にクラス別で棟が違う場合もあるという事も。

 どうやら校舎は全て透明な膜で覆われているらしい。

 棟が違おうともまるで一つのドーム内といった風情だ。


 到着した『1年S棟』は、今までの校舎で一番豪華で大きいように見える。

 やはり大講堂と同じコンセプトで出来ているらしく、植物モチーフの有機的な建築だった。

 一階には受付らしきものと、テラス席付きのお洒落で品格を感じるカフェレストラン。

 二階はトレーニングルームと更衣室にシャワー室、高級ホテルを思わせるラウンジも。

 三階にも多目的室とやはり二階同様のラウンジ。

 四階には教室と、空港のファーストクラス専用と同等のサービスを誇るラウンジ。

 エレベーターと簡易転移装置まで完備。

 天井も高くやはりとても明るく居心地が良い。


 瑠華は何の躊躇もなく、誰一人並んでもいないエレベーターで四階へと上がるが、迷う必要はなかった。

『1年S組』と表示された教室以外は広いラウンジしかなかったのだから。

 瑠華はおっかなびっくり大きな両開きの教室の扉を開けようとしたのだが、あっさりと自動で開いた。

 その際【認証確認】と人工音声が響いた事に彼女は瞳を瞬かせる。

 瑠華の常識では、教室の扉にこの様な仕様は覚えがない。

 これが今の当たり前なのかと解釈してしまい、彼女は教室へと足を踏み入れた。


 興味深く久しぶりの学校の教室というものを見回し、また瞳を瞬かせる。

 通常黒板があるだろう場所にあるのは、これまた彼女の常識からは逸脱した、薄く圧巻の大型ディスプレイ。

 どう見てもチョークや黒板消しも存在しない。

 文字は宙に浮いている様に見え、席順について表示している。

 教壇と思われる所には教卓はあれど何等かの操作パネルの類は見当たらず、ただモニターがあるのみ。

 黒板らしきものと教卓のモニターは連動しているのだろう、写る文字は同じだった。

 広すぎる教室にゆったりと並ぶ、生徒の物らしき机と椅子は人体工学が生かされている、これ以上はないと思わせる使い心地の一品。

 探しても教科書とノート、筆記用具は見当たらない。

 授業で使うらしい最新型と思われる薄い棒にも見えるタブレットを、指定された席に座りながら鞄から出す。

 どうやら自分が身につけているブレスレットとコンセプトは違うけれど、男子は無機質で洒落たバングル、女子は無機質で華奢なブレスレットを全員が所持しているのが見て取れた。

 気になったのは、自分の制服の肩章と飾緒の色と太さに紋章、差し色で使われている色に加えてペリース風マントの内側の色さえ皆と違う点だった。


 非常に広く明るい教室内は、そこかしこで新たな友人関係を構築中な者達と、元々なん等かの繋がりがある面子達がそれぞれ話し、騒がしい。

 制服が違う事で気後れしてしまった瑠華は、元々初対面の人物が苦手なのも手伝い友人作りから出遅れていた。


「なあなあ、転移装置なんて初めて使ったけど凄いな!」

「酔うって感じしなかったし〜」

「兄貴に聞いてはいたけど、やっぱ凄いよ。街も都内よりずっとこう…有機的な感じが」

「そうよね。『再誕紀』以前の無機質的な街から、『再誕紀』以後は世界中が有機的な建築物に変わっているけど、壊された範囲が広いほど特に『迷宮ダンジョン』由来の建材を多く使うからね。特に沖ノ鳥島みたいな『新誕地』は顕著だって聞いていたけど、本当だわ」

「お姉ちゃんも『旧地』より『新誕地』の方が好きだって」

「『超越者トランセンダー』だと余計にそう感じると従兄も言っていたわね」


 どうやら顔見知りらしい男子3人、女子3人の6人組は、壁一面窓となっている所に陣取り、大きな声で騒がしく話をしている。

 彼等彼女等の雰囲気から察せられるのは、常にクラスの中心にいたのだろう事。

 カースト上位という立場以外には今までなった事が無いのかもしれない。


「五月蝿いわね。本当に蝿もかくやな連中ですこと」


 席に着席しながら吐き捨てる様に言い切ったのは、緋色のウェーブした長く艶やかな髪と、気の強い…どころではなくキツイ印象の、吊りあがった瞳も鮮やかな緋色の美少女。


「はあぁ〜!? 何様!」

「瞳の周りに紋章も無いし」

「何その髪と目! 染めてカラコン!?」


 言われた6人組の内、女子達は侮蔑と反感も露わにしていた。

 一緒にいる男子達も決して友好的な表情ではない。


 瑠華は喧騒の一種として6人組の話は聞き流してはいたが、流石に緋色の髪と瞳の少女への貶しに反論しようと思った。

 確かに気に障る人も多いだろう音量だったのだ、6人組は。

 加えて6人組は知らないのだろうけれど、彼女に対して大層失礼な言動なのだ。

 普段見知らぬ相手に話しかけるのを得手としてはいない瑠華としても、とても看過はできなかった。

 おそらく彼女は――――


「無知を曝け出すのは勝手だけどさ。お嬢さんも言い過ぎかなとはちょっとだけ思うけど。そっちのお嬢さんの言う通りうるさいよ、君等」


 呆れた眼差しと声音を隠しもせずに6人組へと声をかけたのは、黒羽色でゆるフワ長めの髪に、丸く大きな青藍色の瞳の、女の子と見紛うばかりの美貌と小柄な体格で、制服からようやく男子と判別できる凄まじい美少年だった。


「黒羽さん…の、弟さん……?」


 6人組が美少年の美貌に圧倒されて固まっている間隙に、小さな囁き声ではあったけれどうっかり言わない方が良かった事を言ってしまった瑠華。


「え!? 兄さんを知っているの!!?」


 声変わり前なのか、綺麗なボーイソプラノが教室中に響き渡る。

 6人組から関心が瑠華へと移ったのだろう、青藍色の大きな瞳を輝かせ美少年は瑠華の隣へと移動した。


 耳聡く反応したのは件の美少年だったが、それ以外にも元々瑠華は注視されていた為、一部からは顔色を変えずに、明確に分かるほどの変化付きの面々も加えて、更に注目を集めてしまっている事に……彼女はやはり気が付かない。

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