第4話

 見渡す限りに広がる湖の中の、これまた広大な島にある学校。

 どうやら島すべてが学校の敷地となるらしい。

 そのことにも目を丸くさせつつ、橋を渡った後に島へと入るための更なる門での確認も終えた後、島内を貫くような道路にも瑠華は驚いていた。

 島内の門を入るとすぐに見事に咲いた桜並木が続く。

 沖ノ鳥島がこの状況になってからまだ六年であるのにも拘らず、空港から湖の中の島に到着するまでの道のりにさえ、見事な木々が生えている事にもただただ驚愕。


 グラウンドと思しき広場や点在する大きな建物、ドーム型の建築物等を見ながら、最高級車に乗りつつ瑠華は目を輝かせていた。

 久しぶりに通える学校というモノに期待ばかりが膨らむ彼女の姿を、愉しそうに白鴉は見ている。

 それを霧虹と暁、鬼丸は何とも複雑な心地で見ているというある意味混沌とした状況なのだが、やはり瑠華は気が付かないようにしていた。

 気が付いた瞬間、白鴉がとても嬉しそうに哂うのが分かっていたからだ。

 そうなると本当に碌な事にならないというのは彼女の経験則。

 だから気が付いていませんと装っているのだが、そんな瑠華の様子に当然白鴉も霧虹も暁も、鬼丸さえも分かっている。

 生暖かい眼差しを受けている事にも気が付いてはいるけれど、彼女はひたすら車窓へと神経を向け続けた。


 車は瀟洒な億ションを思わせる大きな五階建ての建物の前で停車。

 最上階と四階には他の階とは比べ物にならないほどの広いバルコニーがあるらしいのが見て取れる。


 停車してすぐに青系の軍服を来た人により扉が開けられた。

 白鴉以外が、目を見開きながらお互いクエスチョンマークが脳裏を過りながらも降り立つと、更に瞠目する結果に。


 建物へと通じる通路には紫の見事な絨毯が敷かれ、儀仗兵さながらに、その両脇に整列している人達の軍服の色は手前が赤系でその後ろに青系。

 捧げられているを目にした瞬間、瑠華は赤系と青系の、人により色が違う飾緒付きの軍服を身にまとっている存在が『超越者トランセンダー』である事にようやく気が付いた。

 彼女の護衛達が首を傾げていたのは、停車した瞬間に整列しているのが『超越者トランセンダー』であることは分かっていたけれど、何故そろって出迎えているのかが分からなかったのが理由。

 は『超越者トランセンダー』が本来体内に収納しているもの。

 一番最初の『覚醒者アーカス』として得られる武器の形が

 も各々に合わせた姿で現れ、その段階から能力差も大いにある。

 そして『超越者トランセンダー』に進化した時、は己に最もふさわしい武器へと姿を変えるのだ。

 その段階で更に武器の能力差も残酷なまでになるのだから、やはり『超越者トランセンダー』は力こそが全てと言われる所以。


「国立曙超越者トランセンダー育成高等専門学校へようこそ」


 目の前で大層派手に歓迎の意を示している、まだ二十歳前後にも見える男性の軍服の色は黒。

 平身低頭に見えて傲慢さが隠しきれていないのが瑠華には見て取れる。

 どこかで彼に会った様な気もする彼女だが、大仰な出迎えにそれは霧の彼方へと飛んでいった。


「何の真似かね、瀬見君」


 白鴉は静かに手を後ろに回し、腰の後ろで己の手首を握りながら、表情は笑みの形を取っている。

 瞳は全くと言っていい程温度は無かったが。


「はっ! 『の位階』の方々が着任なさるとのことでしたので、定められた通りの歓迎を致しました」


 瀬見と呼ばれた青年は、白鴉の言葉にさも当然とハキハキ答える。

 見た目は『超越者トランセンダー』らしく非常に整っていて、背も高い。

 だがどこかヒョロリとしたひ弱な印象を抱く要因は、彼の細い体型にあるだろう。

 長いを、前に垂らして緩く一つに結んでいるのも追い打ちをかけている。

 背の高さと細身過ぎる体型のアンバランスも相まって、”もやしっ子”という単語が脳裏に過ったのは瑠華だけではない。


 瑠華としては、『の位階』という言葉にも内心首を傾げていた。

 なにせ彼女には馴染みが無かったのだ。

迷宮ダンジョン』に潜る際や『怪物モンスター』討伐する時には、『超常者トランセンダー』のみが得られる特別な『』を常に身にまとっていたのが原因である。

 式典やメディア等、人前に出る際の『超常者トランセンダー』に着用が義務付けられている軍服とは彼女が無縁であったため、軍服の色による絶対の身分差に無知だったのだ。


「私はと言ったはずだがね」


 白鴉は優し気な笑みのままだが、声も瞳の色も辺りを凍りつかせるのには十分の冷たさを持っていた。


「で、ですが! の方々がいらっしゃったというのに何もしない訳には――――」


 瀬見にしてみれば、これでも規模を格段に縮小させたのだ。

 強さが絶対の『超越者トランセンダー』にとって、強さが最高位の『』もしくは『』と呼ばれるモノに属する存在を、ぞんざいに扱うなど絶対にあり得ない。

 逆にみすぼらしく失礼だと、大いに叱られるのではないかとさえ思っていたのだ。


「黙りたまえ」


 白鴉の冷たい声が響き渡り、同時に圧倒的な重さを伴った圧が放たれる。

 それだけで瀬見は、蛇に睨まれた蛙がまだ可愛いのではと言わんばかりに怯え、誇り高い『超越者トランセンダー』にあるまじき、耐えきれずに思わず片膝をつかざるを得なくなった。

 周囲の綺麗に整列していた『超越者トランセンダー』においては、目も当てられなく……より一層酷い。

 その様を見ていられなくなった瑠華は、人前が苦手ながらどうにか勇気を振り絞り、白鴉へと声をかけた。

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