6

 今回の標的が通るという大久保寄りの人通りの少ない裏路地。

 

 待ち合わせ場所にいた男に連れられて現場にたどり着いたはいいが奇妙だったのは奴賀までそこにいたことだった。


 奴賀がわざわざ足のつく危険を冒してまで現場に居座るのは意味がわからない。よほど俺に信頼がないのか。とはいえこんなジャンキーに信頼もクソもないかと思い直す。


 奴賀はスマートフォンをいじりながら聞いてきた。


「藤生、昨夜どこにいたの?女のとこ?」


「……」


「…言い淀むってことは図星?」


 スマートフォンの液晶から視線を上げた奴賀は愉快そうに顔を歪ませた。俺はその表情の意味まで図りきれなかった。


 それから俺達はしばらくその路地で時間を潰していた。


「おい来たぞ、あいつだ」


 奴賀が無造作にスマートフォンを片手に通行人の一人を指さしてそう言った。


 ついに来た。恐怖で足が竦む。


 そんな逡巡する俺の気配を悟ってか、背中には硬い金属の何かが押し当てられた。


「…とっとと行ってこいよ」


 俺は最大限荒くなった呼吸と心臓の音に戸惑いながら狭い路地を速足で歩きだした。その男とすれ違うその時拳銃をそいつの顔面に向け、そして放った。


 呆気なかった。サイレンサー付きの拳銃はそれらしい破裂音とは無縁に鉛の弾丸を吐き出すと男の脳漿が炸裂する。


 辺りは不気味なくらい静かだ。


 自分の心臓の音と息遣いがやけにうるさい。


「なにボーっとしてんだ、とっとと行くぞ」


 奴賀に声をかけられて裏路地を早足に行くと向こう側に車が待機していた。


 促されるまま後部座席に乗り込むと、助手席にも人が乗っており車内には俺と奴賀を入れて四人。奴原の顔を横目で盗み見ると堪えきれないというように、額に手を当ててクスクスと笑っていた。


「ははははは」


 常軌を逸した眼だと思った。


「はははは…藤生、仕事も終わったし今夜ちょっと付き合えよ」


 奴賀が助手席の男に何か耳打ちすると手づから何かを受け取っていた。


「あの…それって…」


 奴賀は笑って俺に手を差し出した。俺は意味が分からず奴賀の顔を伺うように見返した。


「俺じゃない、お前に打つんだよ」


「は?」


「手ぇ出せ」


 声色は穏やかだか有無を言わさない圧力に俺は黙って袖をまくり上げた。コカインかヘロインか。正直、興味がなかったと言えばウソになる。


 奴賀は手慣れた様子だった。駆血帯を俺の二の腕に巻くと消毒用のアルコールで湿らせた綿を滑らせあっという間に静脈に注射針を打ち込んだ。


 車がホテルだかマンションに着く頃には薬は回っていた。


 そこからの記憶は濁った沼を覗き込むみたいに大分うすぼんやりとしている。


 酩酊しながら一室に運び込まれた。そこには複数人の男たちがいたことも覚えている。


 複数人の男に代わる代わる犯されていることは、分かった。意識が朦朧としていて記憶が曖昧なことが不幸だったのか幸いだったのかはわからない。


 ただ、奴賀が愉快そうに笑っていたことだけは、やけに脳裏に刻まれていた。


 そして気が付いたら俺は自宅のベッドで目を覚ました。起きる気力も湧かず、自分の身に何が起こったのかも考えたくなくて、次のシフトがいつか確認しようともせずただ眠った。スマートフォンが何度か鳴っていた気はしたけれどそれもやがて静かになった。


 そして曜日の感覚もなくなったころ、空腹と激しい喉の渇きで起き出し、俺は台所で水を一杯飲むと充電の切れかかった自分のスマートフォンの画面をオンにした。滅多に確認しないメールボックスには見慣れないアドレスからメールが来ていたので、俺は件名をタップした。


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