第11話 深層(真相?)世界


 ——ここは、そうか、ここは素敵狛さんの内部か。どうやら内側への侵入は成功したらしい。僕は本当に、ヒトではなくなっているのだな。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。治癒魔法を使える素敵狛さんだが、自分にキスは出来ない。つまり彼女を救うためには他の方法しかない。


 あの気味の悪い伸びる指から何らかの毒素が体内に、——僕の素敵狛さんの体内に侵入したというのならば、駆逐するのみ!

 素敵狛さんの身体を無断で汚すのは許さない。素敵狛さんに異物を侵入させていいのは、彼氏であるこの僕だけなのだ。必ず原因を——


 "お父さん! お母さん! だーい好き!"


 "聞いて聞いて! 今日とても面白いことがあったの"


 "お母さん、わたしにポマチャの作り方教えて?"


 ——何だ? この声……素敵狛、さんか?

 辺りを見回すが、やはり声だけが響く。お父さん、お母さんか。素敵狛さんの願いである、——素敵狛さんがこの戦いの果てに叶えたいという、ご両親との思い出なのか?


『ンメメメメ〜』


 え?


『ンメメメメ〜』


 なんだコイツは。暗闇で蠢くドス黒い物体。手のひらサイズの黒い毛むくじゃらは!?


『ンメメメメ〜ンメメメメ〜』


 喰ってやがる……そうか、コイツらが原因か!

 捕まえてやる。とはいえ僕は実体がない状態だ。


 "お父さん、わたしもいい歳なんだから、子供扱いしないで!"


 "お母さん、どうかな?"


 僕は何でもありのデバイス田中だ。想像しろ、妄想しろ! 妄想で創造する!

 意識することで僕の姿が青い焔を纏う獣のように変化していくのがわかる。焔のおかげで少し視界も良くなった。が、しかし、毒素の多さに少し怯む。


 くそっ、僕の不甲斐なさが素敵狛さんを苦しめているんだ! ビビってられるかよ!


 "お、お父さん、泣かないの。もう……ちょっと怪我しただけなんだから"


 "お母さんの治癒魔法、ありがとう"


 "……泣かない、で、お願いだから"


 喰ってやる! 僕がコイツらを一匹残らず喰ってしまえば素敵狛さんを救えるはずだ!

 うおおお!!!! まずは、一匹!!!!


『ンメ!?』


 ……うわ、まっず!!!!


 "パパ、ママ、ごめんなさい"


 不味くてもっ、それでも!


 "ごめんなさい、ごめんなさい"


 二匹!! さん、び、き!! ンガガガ!!

 まだまだだぁぁ!! 四、五! 六!


 "どんな犠牲を払ってでも……タマキは成し遂げないといけない"


 "それがせめてもの……"


 "会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい"


 "消えたい消えたい消えたい消えたい消えたい"


 "もう後戻りは出来ない"


 "こんな最期がタマキには相応しい"


 七! 八! キュゥゥ!!!! 素敵狛さんの願いを叶えるんだ! こんなところで死なせてたまるか! 生きろ、生きろ生きろ生きろ!

 諦めるなぁぁーーーーーー!!!!


 "タマキに生きる価値なんて"


 ある! 僕には素敵狛さんのことが何もわからない! だから、もっと知りたい!


 "知ったら幻滅しますよ"


 しない! 僕は全部を受け入れる!


 "もうやめてください、死んでしまいますよ"


 いつもみたいに死ねと罵ってくれよ、素敵狛さん!


 "え、ドMだったのですか"


 いいね〜、いつもの調子に戻ってきた!


 "こんなに食べたら、本当に……"


 いいや、喰うぞ僕は! 素敵狛さんを内部から喰い散らすなんて経験、そうはないからな!

 どんな犠牲をはらってでも叶えなきゃいけないんだろう? だったら、やるしかないだろ!


 "でも……このままじゃ中田くんが死んじゃいます! 出て行ってください! 今すぐ!"


 田中だぁぁぁぁ!!!!


 "何故、そこまでして……"


 僕はっ! 素敵狛環の、彼氏だからだぁぁぁぁーーーーーー!!







 ——それは、だから勘違い、ですって——






 それでもいいんだ。また一緒に昼飯が食えればそれでいい。僕は素敵狛さんの身体の内部まで知り尽くした変態だ! 全部喰ってやった、素敵狛さんを蝕む毛むくじゃら共は全部。


 だから起きてくれ。二人だけではあの男は倒せそうにないんだ。


 "田中くんは、あの知らない魔法少女たちを信じるの? あの人たちは自分の望みを叶えるために戦っている。タマキと同じ……味方かどうかなんて"


 んなとこ、一緒に戦ってみないとわからないだろう? 四の五の言わずに、来い!


 僕の身体は、いつしか僕を形取っていた。


 僕は手を伸ばす。目の前で鎖に拘束される全裸の素敵狛さんに。——全裸!?

 すまない、少し取り乱した。

 さておき、伸ばした手を、小さな手が握り返してくれた。ボロ雑巾を摘むように。

 困惑した表情で、それでも僕に真っ直ぐ視線を合わせる彼女を、一思いに鎖から解放した。

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