【解釈】わたしのアール

蓬葉 yomoginoha

1F 三つ編みの先客

 殺風景の屋上、当然誰もそこにはいない。一歩踏み出すごとに足音が響く。

 下の階に誰かがいたら聞こえてしまうかもしれない。すり足気味に私は柵の近くに向かう。


(あと数歩。そしたら、私は……)


 申し訳程度のさくに身を乗り出す。ひっかかったスカートが鬱陶うっとうしい。

「もうっ……」

 どうせ誰もいない。誰かがいたとしても今更いまさら何の恥じらいもない。


 スカートをももの上までたくし上げて、柵の向こう側に降り立つ。

 茜色あかねいろの空。紅涙こうるいあふれているのかと錯覚さっかくしてしまう。目元をぬぐうが、もちろん涙は透明だ。


(泣かないでくれよ)


 後頭こうとういて、そう言った彼の、苦虫をすりつぶしたようなあの日の表情を思い出す。


(泣いたっていいじゃない。どうせ、これで最期さいごなんだから)

 心中しんちゅうつぶやいて靴を脱ぎ、靴下くつしたを捨て、ひんやりした床に素足すあしをのせる。


 遺書はない。わざわざ書きのこすことなどない。

 ただ、せめてもの暗喩あんゆとして、靴の片方を逆にしておく。誰も気づかないだろうけど、それでいい。

 これはささやかな非難にすぎないのだから。


 ポケットから携帯電話を取り出して靴に入れる。もう、誰かとつながるツールは必要ない。


 頭上を見上げる。雲一つないピンクの空。こんな美しい空へゆけるなんて幸せだ。

 眼下にはにび色の地。こんなつらい世界に、私は、もういたくはない。


 深呼吸をして前方の景色を見つめる。遠くにビルと茜色。

 決意を胸に瞳を閉じて、私は体重を前にかたむけた。

 







 落下とともに、全てが壊れて終わる。そのはずだった。しかし、感じるのは髪を引っ張られる小さな痛覚だけだった。

「えっ?」

 振り返ると、制服姿の、見たことのない女の子が冷笑を浮かべて私の三つ編みを乱暴に握っていた。


「うっ……!」

 動揺どうようする私は強い力で髪を引っ張られ、掃除されていない屋上の床にたたきつけられる。背中に痛みが走った。


 あいの近づく空の下で動けない私を、その少女は冷たい眼差しで見下ろしていた。


「やめなよー。そんなこと」

「えっ……?」


「え、とか、う、とかしかいえないの?」

「いや……」

「ほら座って」

 彼女は私に手を差し出した。わけもわからず、私はその手を握る。ひどく冷たい手のひらだった。

 すると彼女は「ふっ」とあざけるような笑みを浮かべた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る