エピソード15:ご尊顔!。都市鉱山、あったよここに!

21時。

西麻布の小洒落こじゃれたビル。

ダークオレンジの夜間照明のみ。

カッチカチの大理石鉄筋コンクリート。

私と息子のカツカツ靴音がピーンと張りつめて鼓膜こまくを突く。

息子は全室ひらくマスターキーを持っている。

持っているのは父親と息子の二人だけらしい。

真っ暗な広いオフィスを黙々とスタスタ進んで奥の狭い書庫に入る。

すると扉の横に業務用冷蔵庫みたいな巨大な金庫。

アイボリーでモダンだ。

明かりを点けるとブーンと蛍光灯の音がやたら響く。

さっそく鍵を回し、暗証番号を押すと、ずわわーんと重く分厚い扉が開く。

パッと見ると、中には書類や小切手や手形や手提てさげ金庫がギュウギュウにめ込まれてある。

白っぽい箱が無い。ロレックスの外箱は確かクリーム色だ。

息子が一番下にある更に鍵のついた引き出しを開ける。

すると出てきた出てきたッ、クリーム色の箱にでっかい王冠のマーク!。

間違いないロレックスだ。

問題は中身。

息子が無造作に取り出し、ホイッと私に渡す。

サラッサラにツヤッツヤ!。

大切に保管されていたのが分かる。

私は脇にあった長机ながづくえに置いて丁重に箱を開ける。

自然と指が急ぐ。

たしか緑の内箱があるはずだ。

パンフレット、取説、国際保証書を取り出し確認する。

正規店での購入で間違いない。

保護シートをめくる。

すると来たよ来たよショッキンググリーンの内箱!。

頂上が見えてきた。

そっと上蓋うわぶたを開ける。

ドンピシャ!。

ギラリとおごそかに光り輝く鉄の塊。

嗚呼……!。デイトナだ……!。

びっくりというよりため息がれた。

初めて見た現物。ピカピカ。指紋一つない。

型式はスチールブラックで、文字盤が黒、ベゼルがシルバー、ベルトが高級素材のオイスタースチール。

3つの小型針は、スモールセコンドの秒針、30分と12時間の積算計。

そしてダイヤル12時の位置にROLEXのロゴと王冠のマーク。

決まりだ。間違いないッ、モノホンのデイトナだ!。

しかも未使用!。

涙が滲む。

おそらく投資目的で購入したのだろう。

定価は140万。

市場価格は、この状態なら370万近くまでいくと思う。

でも、デイトナは値段じゃない。

権力の証だ。成功者の象徴だ。そして成り上がりの到達点だ。

私は膝がガクガク言っていたが、渾身こんしんの冷静を装い、

「本物だね。デイトナだよ。未使用。お父さんが投資目的で買ったんじゃないかな?」

と無感情で言った。

すると息子がヘラヘラ言う。

「持ってっていいよ」

「え……?」

なに軽く言ってるんだこのバカ息子。狂ってるのか?。

「その代わり……」

と話は続く。

やっぱりな。今さら驚かない。うまい話には裏がある。

私はドラ息子のつまらない話を聞いてやる。

聞くと、ホントにくだらないよくある話。

早い話が結婚してくれと。

私を水請みずうけしたいとのことだ。

やれやれ……。

お坊ちゃんだねえ……。

笑う……。

その手付けとしてこのロレックスを渡すということなのだそうだ。

あまりにもなんの屈託もなく薄らさわやかに言うもんだから、私が

「お父さんのじゃないの?」と軽くツッコむと、

「親父のものはゆくゆくは俺のものだよ」とまたまた能天気にのたまう。

どうしようかなあ……このボンボン。

お前と結婚なんか絶対しねえよ。

死んでもしねえ。

ということは従って問題はこのデイトナをどうやってだまし取るかという理屈に。

単純に考えても、今、この状態では先が見えている。

こういうときガムシャラは禁物。

猪突猛進は失敗への輝く架け橋。

危ない危ない。

ここは一時撤退。

私は「今日はとりあえず」

すみやかに箱を閉じ、金庫の引き出しに戻そうとした。

そのとき、突然、隣のオフィスの明かりがいた。

息子が焦った小声で

「やべえ、親父だ」

と言って、デイトナを会社の手提げ袋に入れて私に強引に持たせ、そしてまたまた焦ったささやき声で

「とりあえず持ってって」

と押し付けた。

そして、金庫をそっと急いで閉じ、私をオフィスに押しやった。

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