一途な

《奈々のことで相談があるんだ。集まれないか?》


 奏平が四人になってしまったグループにメッセージを送ると、利光はすぐオッケーの返事をくれた。りんからも


《仕事は午前中だけだから四時にはそっちに帰れるよ》


 と返信があった。


 複数いる彼女とのデートで忙しい利光も、モデルの仕事で忙しいりんも、みんなのことになるとこうして当然のように集まってくれる。


 本当にいいやつらだ。


 奏平は、奈々と一緒にカラオケ店の待合スペースで二人を待っていた。古いバス停にあるような長椅子が二脚置かれているだけの簡素なスペース。田舎のカラオケ店なんてこんなもんだ。


「大丈夫か? 奈々」

「うん。もう落ち着いてるから」


 隣に座る奈々はさっきからずっと俯いている。


 奏平は、なにか声をかけようと言葉を探したが、なにも思い浮かばなかった。


「おっすー」


 先にやってきたのは利光だった。青のダメージジーンズに黒のTシャツというラフな恰好であるがゆえに、そのスタイルのよさが際立っている。


「ふぅー。今年の暑さは異常だよな」


 利光は胸元をパタパタとさせながら近づいてきた。


「ってか二人と会うのは終業式ぶりか。俺のこと忘れてないよな」

「なわけねぇだろ」


 軽口を叩く利光を受け流しつつ、ちらりと奈々を見る。


 奈々は、高校で見せるのと同じ笑顔を浮かべていた。


「今日は私のためにごめんね。彼女とのデート大丈夫だった?」

「あいつらなんか気にすることねぇよ」


 利光が奈々の対面にぐでんと座る。店内の冷えた空気が火照った体に気持ちいいのか、「あぁ生き返るぅ」とおじさんみたいな声で吐露した。


「それ新しい彼女の……早紀ちゃんだっけ? 聞いたら怒るぞ」


 奏平が聞くと、利光は胸元をパタパタさせたまま答えた。


「今は夢佳と莉奈の二人だけだよ。早紀とも美里とももう別れたわ」

「え、なんで」

「実は駅で早紀と美里が鉢合わせしてさぁ。本当あれはミスったわ」

「浮気はやめろっていう神からのお告げじゃない? 一途になれよ」

「一途って、そんな童貞思考の恋愛、たいてい始まりもせずに終わるじゃん?」


 利光がやたらと格好つけてそう言うもんだから、奏平は奈々と顔を見合わせて吹き出してしまった。


「その台詞、高校生が言うにはキザすぎだろ」

「言えてる。利光だから許されるけど」


 奈々が笑いながら上半身を傾けて、利光の膝小僧を叩く。


 そんな奈々の笑顔を見て、奏平は不意に冷静さを取り戻してしまった。


 今日、ここに来るまで奈々はちっとも笑ってくれなかった。そんな奈々をたやすく笑わせるのだから、やはり利光はすごいと思う。浮気野郎の利光と友達であり続けたい思うのは、恋愛面以外で尊敬できる部分が多いからである。唯一のマイナス面である恋愛面の緩さも、もはや深みというか味というか、利光という人間が持つ魅力の一部になっている。


「言いたくて言ってるんじゃなくて、言葉が降臨するんだから仕方ないだろ。キザが遺伝子に刷り込まれてんだよ」


 自慢げに指を鳴らす利光を見て、「それどこのホストだよ」と奏平は笑いながらつっこむ。


「おいおい、そこら辺のホストと一緒にしないでくれよ。歌舞伎町のホストが束になっても、俺様にゃ勝てやしないぜ」

「その自信、俺にも分けてほしいよ」

「じゃあ奏平も二股するんだな」

「そんな自信はいらねぇ」

「おいおい、二股は悪いことじゃねぇって。むしろ推奨されるべきなんだ。俺はいつか出会う最愛の人のために、効率よく鍛錬を重ねてるだけだ」

「それ何度も聞いてるけどただの屁理屈にしか聞こえないからな」

「それは誤解ってやつだ。男の価値は、真に愛した女を振り向かせたかどうかで決まる。鍛錬するのは当たり前だ」


 足を組み直して、にやりと笑った利光だったが、その格好つけた顔はすぐに歪んだ。


「はい。うるさい」


 いつの間にか利光の後ろに立っていたりんが、持っていた黒の鞄を利光の頭に振り下ろしたのだ。薄いピンクのトップスと黒のミニスカートは、スタイル抜群の彼女に着られていることを、さぞ光栄に思っているだろう。


「みんなごめんね。ちょっと遅れて」

「ってーな、この暴力女」


 頭をさすっている利光は若干涙目になっている。


「え? 利光いたの?」


 大根役者もびっくりの棒読みを披露するりん。


「ごめん。一人の女として、こいつの頭に鞄を振り下ろさないといけない気がして」

「わざとだって言った方が印象いいからなそれ」

「そんなことより早く部屋取ろう。行こ、奏平」


 利光を華麗に無視したりんに腕を取られ、カウンターまで引っ張られる。


「あれっ? ここは常夏のワイキキビーチですか? お熱いですねぇ。なついあつだねぇ」


 利光がニヤニヤしながら近づいてくると、店員とやり取りをしていたりんが怒っている風の表情をして振り返った。


「いい加減、利光も奏平くらい一途になった方がいいんじゃない?」

「そんな純粋な恋愛は俺にゃできねぇよ」


 隣で立ち止まった利光がぐいっと肩に手を回してくる。


「やっぱり奏平も俺と一緒に女遊びしようぜ。その方が楽しいって」

「ちょっと。私の奏平たぶらかさないでよ」


 バチバチと舌戦を交わす二人の間で、奏平は体の震えを悟られぬようにするほかなかった。

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