⑤神はサイコロの出た目さえも変える〔ラスト〕
屋敷にもどって床に正座をしている、クケ子、ヤザ、ヲワカをレミファは呆れた顔で見下ろす。
「まったく、情けないぜら」
赤いガイコツ顔を上げて、クケ子が言った。
「レミファは、どうして小カジノに向かわなかったの?」
「あたしは、賭け事は嫌いぜら……しかし、これは困ったぜら。これでは旅は続けられないぜら」
レミファが思案を続けていると、そうっとドアを開けて、白骨体から元にもどったハーフエルフのおぼっちゃまが顔を覗かせて部屋に入ってきて言った。
「ボクがカジノに行って勝負します、ギャンブルはやったコトは無いですけれど。確率計算でなんとか」
「賭け事は計算だけでは勝てないぜら……勝敗を決めるのは、勝利の女神を引き寄せる強運とか、気迫も必要ぜら……おぼっちゃまには勝負の世界はムリぜら」
「それでもやらせてください! 友だちのユニベロスを助けたいんです! がんばって、みなさんの奪われた装備も奪い返しますから」
クケ子たちは、ハーフエルフの男の子の真剣な眼差しに触れて、男の子の言葉に賭けてみるコトにした。
部屋から通路に出た、クケ子たちの前方に。鞘から抜いたサーベル剣を持つ、一つ目の執事が立っていた。
執事が言った。
「おぼっちゃま、危険なマネはお止めください……もうすぐ、中央湖地域のエ・ルメス姫から頼まれていた特定の条件で一部が透けて見えるドレスを納品し終わった、お父さまから渓谷に帰ってくると連絡がありました……旦那さまが留守中に、おぼっちゃまに万が一のコトでもあれば。わたしは」
万が一のコトと聞いて、クケ子はユニコーンの泉でハーフエルフの男の子を白骨化させてしまったコトを思い出して、一つ目執事から視線をそらせる。
一つ目執事の言葉は続く。
「どうしても、行くというのなら……この、わたしを倒していきなさ……」
執事がしゃべり終わる前に、男の子は執事の顔面に向かってパンチを放った。
パンチを放った瞬間、男の子の肌が小麦色のダークエルフ肌に一瞬変わる。
サーベル剣を床に落として、顔面を両手で押さえる執事。
「ぐはぁっ! 目がぁ! 目がぁ!」
男の子が言った。
「ごめんね執事、さあっ今のうちにカジノへ」
クケ子たちは床で目を押さえて、のたうち回っている執事を横目に。
いいのかなぁ? と思いながらも横を通りすぎて、小カジノ場へ向かった。
小一時間後──小カジノで、ツボ振りの鉄火と向かい合って座る、ハーフエルフの男の子の姿があった。
片方の肩を露出させて、片膝立ち座りをした
鉄火が男の子の子に向かって言った。
「今度は、坊やが相手かい……あたいは、子供が相手でも容赦はしないよ。その覚悟を持ってそこに座っているんだろうね」
うなづく男の子。
鉄火の両目が少しだけ和らぐ。何かを思い出している口調で鉄火が言った。
「大きくなったねぇ……遠目から見た時は、産着にくるまれた赤ん坊だったのに」
鉄火の言葉に少し驚く男の子。
「ボクのコトを知っているの?」
男の子の質問については鉄火は答えず、丁半博打について説明する。
「ルールは簡単だ、このツボに二つのサイコロを入れて、出た目の合計が偶数なら『丁』奇数なら『半』だ……坊やが丁か半かを予想して、その通りの目だったら。坊やの勝ちだ……いいね」
この時、鉄火の説明はハーフエルフの男の子の耳には、ぼんやりとしか届いていなかった。
鉄火の自分を知っているかのような言葉に、男の子の心は動揺していた。
実はこれが、鉄火の心理作戦で勝負はすでにはじまっていた。
あらかじめ、町のさまざまな情報を集めていた鉄火は、男の子の失踪した母親がダークエルフっぽかったという情報を入手していて、その情報を利用したに過ぎない。
動揺している男の子とは関係なく、博打は進行する。
鉄火がサイコロを入れたツボを振って伏せる。
「さあっ、賭けておくれ丁か半かを……」
博打場の雰囲気に呑まれ、さらに鉄火の言葉で心乱れて何も考えられない男の子が、ホブゴブリンが小声で囁く。
「半、半」の言葉に誘われて口を開きそうになった時──カジノ場に男性の声が響いた。
「いったい何をやっているんだ! こんな場所で!」
男の子が声が聞こえてきた方向を見ると、そこに額に絆創膏を貼った一つ目執事を従えた、人間の男性が厳しい表情で立っていた。
男の子が実業家の父親を見て口を開く。
「お父……さま」
「執事から詳しい話しは全部聞いた。まったく、わたしの留守中に何をやっているのやら」
大股で近づいてきた父親に怒られると思って、畏縮して両目を閉じた男の子の頭を父親の大きな手が優しく撫でる。
息子の頭を撫でながら父親が言った。
「場所を空けなさい、おまえにはムリだ」
男の子が座っていた場所に、父親が座って言った。
「わたしが、相手をしよう」
「あたいは、誰が相手でも構わないけれどね……ツボを仕切り直して、勝負!」
実業家と、ツボ振り鉄火の賭け勝負がはじまった。男の子の父親は連勝で次々と奪われたモノを取り返していく。
クケ子たちの衣服や装備品、ユニベロスや泉台帳の土地の権利書までも奪い取った。
すべてのモノを奪い返した父親が、鉄火に提案する。
「最後の大勝負をしてみないか」
「何を賭けるんだい? 負けた時に、あんたが失う対価は?」
「屋敷と鉱山所有の権利、紡績工場も加える」
父親が息子に厳しい口調で言った。
「覚悟を決めろ、この勝負に負けたら無一文になって屋敷から去らないといけない……父親の一世一代の大勝負を、その目に焼きつけるがいい」
茶碗に注いだ茶色の液体を飲みながら鉄火が、父親に訊ねる。
「屋敷と鉱山と紡績工場を賭けた大勝負かい……悪くないね、でこちらが負けた時は? あんたが得るモノは?」
「この小カジノを買い取る、買った金はくれてやるから。強欲王とその手下は渓谷から出て二度と近づくな」
その言葉に慌てる強欲王と手下たち。
鉄火が言った。
「カジノを潰すつもりかい?」
「いいや、娯楽は必要だ……健全なカジノに変える」
「おもしろい! 勝負だ!」
鉄火がサイコロを入れたツボを振って伏せる。
「丁か! 半か!」
伏せられたツボをじっと見ていた父親は「丁だ」と呟く。
鉄火の唇が勝利を確信して歪む。
(勝った!)
今回のツボ振りの中で、鉄火はこの勝負だけイカサマを仕掛けた。
ツボの中に張った馬の細い毛で、サイコロの目を自由に操るイカサマを。
ツボを上げようとした鉄火に父親が、落ち着いた口調で言った。
「早くツボを上げろ」
あまりにも、沈着冷静な父親の言葉に鉄火の手が止まる。
(なんだ? この堂々とした落ち着きは? この男只者じゃない、何者だ?)
ツボの中でコトッとサイコロが動く音が、聞こえた。
(バカな? 気迫でサイの目が変わった)
鉄火はツボを上げて叫けぶ。
「あんたの勝ちだ!」
サイコロの目は偶数だった。
「楽しいゲームだった」
立ち上がって、息子と一緒に去っていこうとする父親に向かって鉄火が訊ねる。
「あんた、名前は?」
背を向けたまま答える父親。
「名乗るほどの者じゃない……ただ、若いときは〝ロイヤル・ストレート〟と呼ばれていた時期もあった」
クケ子一行と、屋敷の者たちがいなくなったカジノ店の中で、ヘナヘナと座り込んだ鉄火の声が聞こえてきた。
「ロイヤル・ストレート……あの伝説のギャンブラー……そりゃあ、勝てないワケだ、ふうっ」
小一時間後──渓谷町を見下ろす、絶壁道で装備を取り戻して、旅の再開ができたクケ子の隣で呟くレミファの姿があった。
「まさか、力とか魔法では解決できない事も世の中にはあると……今回はいい勉強になったぜら」
クケ子は、小カジノを出た父親が、ハーフエルフ息子に語っていた言葉を思い出す。
「実はわたしは。若い時に家を飛び出して旅をしていた……無知すぎた若者で旅先で苦労した、だからおまえには、多少厳し過ぎたかも知れないが勉学を強要してきた……悪かった、これからはもう少し自由に遊ぶ時間も増やしていこう」
ハーフエルフの息子は隣を歩く、父親の横顔を無言で見上げる。
父親は、さらに息子に伝える言葉を続ける。
「おまえが、もう少し成長をして。わたしの身長を越えて旅に出たいと言った時には、
笑顔で旅立ちを祝福するつもりだ……それまで知識を蓄え体力をつけろ、それと旅の伴侶もな……世界は広いぞ、その目で見たモノは自分の財産になる」
クケ子たち一行は、夕刻に染まりつつある渓谷を後に、次の目的地に向かった。
渓谷屋敷のハーフエルフおぼちゃまは、赤いガイコツさんに告白したい ~おわり~
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