ファイバーの日


 ~ 五月十八日(火) ファイバーの日 ~

 ※矛盾撞着むじゅんどうちゃく

  つじつまが合わない事




 来週から試験開始。

 だというのに、連日二人三脚の特訓に明け暮れるこいつら。


 どうやって勉強させたものか。

 悩んでいた俺に届いた。


 天からの贈り物。



 入梅。



「ようやく試験勉強する気になってくれたか……」

「ちょっとウソでしょ!? いつの間に、こんな直前になってたの!?」

「何度も言ったわ」

「ぜっっっっったい言ってない!」

「お前に言われてもなあ」


 人の話をまるで聞かないきけ子が。

 ヤマを教えろと掴みかかって来る十分休み。


 そんな姿を横目に、ガリガリと勉強してるのは。


「いいぞ、晴耕雨読」

「そ、そんな名前じゃない……」


 当たり前なことを言って。

 教科書から顔をあげた。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 飴色のサラサラストレート髪を、今日は下ろしっぱなしにして。


 自分探しをお休みしているらしいんだが。


「どうして今日はやめたんだ?」

「き、昨日の姿がローカルニュースで流れて、ママが寝込んだ……」


 そんなエピソードを聞いて。

 きけ子とパラガスは腹を抱えて笑ってるが。


 家族大好きな秋乃にとっちゃ一大事。

 ひとまず心から反省中って感じなんだろう。


 朝からずっと。

 浮かない顔してやがる。


「……まあ、たまには失敗もあるさ。今日もお前の好物作ってやるから元気出せ」


 こんな姿をいつまでも見たくねえ。

 食い意地張ってる秋乃のことだ。

 ちょっとは元気になるだろうと思って言ったのに。


「す、少な目でお願いします……」

「え? いや、丼一杯作るつもりだったんだが、パインゼリー」

「でも、早く走るためにね? ちょっと軽くなろうと思って……」


 ほんとは沢山食べたいのに。

 無理して我慢するのは余計に悪い。


 それに、トレーニングするためにもしっかり食べることは大切だ。


「だめだ。暴食はダメだけどちゃんと食え」

「でも……」

「じゃあパインサラダにしてやるから、腹いっぱい食べるんだ。ササミもたっぷり入れてやろう」

「ふ、太る……」

「太らねえよ。食物繊維ファイバーたっぷり食べるのはダイエットの基本」

「…………え? ファイバーをたっぷり食べる?」

「そう」


 実際のところはどうだか知らねえけど。

 でも、こうでも言わなきゃこいつは食ってくれねえだろうし。


 未だに困った顔してるけど。

 それならこいつの手を借りようか。


「なあ、夏木。お前もそう思うだろ?」

「え? なにが?」

「聞いてなかったのかよ。ファイバーが体にいいって話だ」

「ああ、そんな話してたんだ。そりゃ、定期的に呑まないとね、ファイバー」

「噛め」

「噛まないわよ? ママ、毎日何人もの人にファイバー呑ませる仕事してるの」


 は?

 お前はさっきっからなに言ってるの?


「お前のお袋さん、シェフだったっけ」

「女医さん」

「は????????」


 前々からおかしな奴だとは思ってたけど。

 ここまで意味が分からないこと言うやつだったとは。


 しょうがねえ。

 秋乃の説得は自分でやろう。


 そう思いながら振り向くと。

 待っていたのは、困り顔じゃなく。


「あれ?」


 どうしてそんな顔してるのやら。

 これは、何か納得がいかないことがある時のしかみ顔。


 不細工に寄せてできた。

 眉間の横皺三本。


「…………wi-fi使えるんかここは」


 俺の突っ込みも馬耳東風。

 秋乃は、きけ子に問いただす。


「ファイバー。…………飲むの?」

「呑むよ? 主に不健康な人が」

「だから噛めって」


 俺が当然の文句を言うと。

 きけ子より前に。

 秋乃が反撃して来る。


「噛むの?」

「噛めよちゃんと。しっかり消化吸収できねえだろ」

「ちょちょちょっ!? 保坂ちゃん、消化されたら大変なのよん!!!」


 首をひねりっ放しの秋乃も気になるが。

 きけ子の様子も気になってしょうがねえ。


「お前ら二人して、なにか勘違いしてんじゃねえの?」

「あ……、なるほど、ね?」

「そっか聞き間違いか! ごめんごめん! じゃあ、なんの話してたの?」

「ファイバー」

「ファイバー」

「あってんじゃん!!!」


 とうとうムキになり始めた秋乃ときけ子。

 お前ら一体何なんだよ。


「ちょっと落ち着け! 俺は食べるものの話をしてるんだが?」

「ファイバーは呑むものよ!」

「た、食べれも飲めもしない……!」

「食えるわ」

「呑めるわよ?」

「食べれない! 飲めない!」



 そして秋乃が、先生が入室してきたのも気付かぬ様子で黒板へ駆け寄ると。


 がっがっチョークをけたたましく鳴らして書きなぐる。


 その内容は……。



 {x∈X|f(x)=y}



「…………は?」

「ファイバー!!!」

「いや。黒板ばんばか叩かれても」

「ファイバー! ファイバー!!!」


 クラスの全員そろって口ぽかん。

 そんな舞浜博士の熱弁に。

 反応したのは石頭。


「舞浜。これから始まるのは、高校二年の英語の授業だと思うんだが?」

「ふぐっ」

「こら、涙目でにらむなバカもん」

「でも……」


 膨れる秋乃に困り顔を浮かべた先生が。

 黒板に書かれた意味不明な式をちらっと見て、ぽつりとつぶやく。


「……ファイバーを説明していたのか」

「そ、そうです!」

「英語の成績は最底辺なのに、理数系はけた違いだなお前は。……食えん奴だ」


 そんな先生の一言を聞いて。

 勝ち誇ったように笑顔を浮かべた秋乃。


「た、食べれない……!」

「食えんと言ったのだ。……こら、なにをする」


 まるでボクシングの勝者。

 秋乃が先生の腕を高々と掲げるから。



 敗者の俺ときけ子は。

 仕方が無いからリングから下りた。



「…………こら。どこへ行く」

「俺たち、次は英語の授業だったはずだからな。教室を間違えたみたいだ」


 そんな言葉に。

 お調子者ぞろいのクラスメイトは揃って教科書を持って廊下に出ると。


 教室の中では。


「そ、それでは、数学の授業を始めます……!」


 ご機嫌な秋乃が。

 先生を前に。


 熱弁を振るっている声が響いていた。



「こ、ここまでで何か質問はありますか?」

「すべてが分からん」



 ……俺にも。

 なにが何やらさっぱりわからん。

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