異世界帰りの少年の前日譚

九十九一

序章 転移は唐突に

1譚目 始まりの転移

「じゃあ、また明日ね」

「ええ、明日」

「じゃあな」

「んじゃ」

「バイバーイ!」


 九月頭、新学期が始まって数日。


 進学して、新しい学園に通うのも慣れてきた頃。


 今日も今日とて、学園に登校して、無事に授業を終えて、みんなで帰宅。


 そして、、いつもの路地で別れて、それぞれの家へと帰る。


 なんでもない、ボクの普通の日常。


 こう言う日常があるっていうのは、本当に何でもないことなのに、すごく嬉しいことに思える。やっぱり、平穏がいいしね。


 ……あ、申し遅れました。


 男女依桜と申します。


 ごく普通の男子高校生です。


 ある部分を除いたら、どこにでもいるごくごく普通の日本人男子高校生。


 他の人と違うところと言えば……やっぱり、ボクの髪の色と瞳でしょうか。


 ボクの先祖に、北欧の人がいたらしくて、その影響かはわからないんだけど、隔世遺伝でボクは銀髪碧眼として生まれました。


 なんでこうなったんだろう? って何度思ったことか。


 まあ、別にいじめられた、とかはなかったんだけど。


 未果と晶のおかげで。


 あ、未果は、椎崎しいざき未果って言って、ボクの大切な幼馴染です。幼稚園の頃からの仲です。ボクより身長が高いのが、釈然としないけど。


 晶は、小斯波こしば晶って言って、もう一人の幼馴染。

 晶はハーフで、金髪だったり。あと、すごくカッコいい。身長も高いから、すっごく羨ましいよ……いいなぁ、175センチ以上もあって……。


 あとは、腐島女委ふじまめい変之態徒かわのたいとっていう友達が二人かな。

 どっちも変態という単語で紹介を済ますことができるけどね。


 女委の方は、同人作家をやっていて、所謂腐女子、って言う人です。まあ、いい人なんだけどね。


 態徒は……普段から彼女が欲しい! とか、ちょっとおかしな発言をしたりして、女の子たちから引かれているけど、友達想いのいい人です。変態だけど。


 そんな感じのボクの交友関係。


 みんな大切な友達です。親友って言ってもいいかもしれないけど。


 五人で過ごし始めたのは、中学一年生の頃だけど、それでも三年以上は一緒ということになります。


 ちょっと騒がしいけど、それでもすごく大切な日常で、ボクも結構気に入ってるし、居心地がいい。


 こうやって、仲のいい人たちと過ごす日常というのは、なにものにも変えられないものだと思うよ。ボクは。


「今日は母さんがいるから、家事はいらない、と」


 料理とかは好きだから、別にいいんだけどね。


 今日の夜ご飯なんだろうなー。


 と、ボクがいつも通りに家への帰り道を歩いている時でした。


「あ、あれ? なんか、視界がゆが――」


 不意に視界が歪みだしたと思ったら、そこでプツン……と、意識が落ちた。



 そして、この瞬間から、ボクの地獄のような三年間が幕を上げることになる。



「……ん、こ、ここは……」


 謎の浮遊感に目を覚ますと、ボクは真っ白な空間にいた。

 まるで、水中にいるかのように、漂っている。


 目を開けると、そこには、


『――? ―――! ――』

「え、な、なんですか?」


 すごく綺麗な女の人がいました。


 でも……何言ってるのかわからない。


 え? いや、あの、いきなり謎言語で話されても……少なくとも、英語じゃないし……かと言って、フランスでも、ドイツでもない。


 何この言語。


 でも、何かを語りかけてきている気が……って、あれ?


『『言語理解』を習得しました』


 いきなり、そんなメッセージが頭の中に響いてきた。


 え、何今の。


「聞こえますか? 聞こえますかー?」

「え、あ、はい」

「あ、よかった。どうやら、『言語理解』を得られたようですね! 安心安心。まあ、半分この女神が手に入るよう、仕向けたわけですが……ま、いいでしょう」

「め、女神……? えっと、今何を?」

「私が『言語理解』のスキルを与えました(ということにしておいて)。これにより、ありとあらゆる言語が理解可能なはずです」

「な、なる……ほど?」


 よくわからない。


 何? 『言語理解』って。


 あの、なんだかいきなり非現実的なことが目の前で起こっているんですが……これ、どういう状況? 何かのドッキリ、とか?


 ……わからない。


「混乱していますね? まあ、無理もありません。いきなり、あの世界から転移させられようとしているのですからね」

「え、て、転移……? あの、転移って、なんですか……?」


 もしかしてなんだけど、昨今ライトノベルやマンガによくある、アレですか……?


「転移と言えば、所謂異世界転移ですが、それ以外にあります?」


 ……あ、あー、うん。本当に、異世界転移、なんですね。


「えっと、転移なのはわかりましたけど……なんでボクなんですか?」

「んー、色々と要因はありますが……まあ、あなた自身だから、でしょうか。それくらいしか、私は言えません」


 ボク自身だからって……。もしかして、あれかな。昔から変なことに巻き込まれやすい、っていう体質が、ついに異世界転移という究極の異常事態を呼び寄せてしまった、みたいな?


「それにしても……うーん、先代とは似ても似つかないですね。主に性別が」

「え、せ、先代? あの、それは一体どういう……」

「あ、いえいえ、お気になさらず。私の独り言です」

「そうですか?」


 なんだかちょっと気になるけど……まあ、独り言なら別にいいかな?

 気にしてもしょうがないと思うし。


「さてさて、もうすぐ転移が終了しますが、質問はありますか?」

「え、もう終わりなんですか!? あの、会って数分も経ってないような気がするんですけど……」

「まあ、私の仕事は、あくまでも異世界転移の手助け……というか、単なるガイドですからね。短いんですよ、シフト」


 シフト!? 今、シフトって言った!?

 え、どういうこと!?


「それで? 何か質問はありますか? 別に無理に訊かなくても構いませんが」

「質問って言うか……あの、これ、ボク帰れるんですか……?」


 かなり重要なこと。

 これ、帰れなかったり、なんてことがあったら、相当あれだよね? いや、まだこれが現実かどうか確定してないけど。


「そこは、向こうに行ったら召喚主に訊いてください」


 お、教えてくれないんですね。女神様なのに。


「じゃ、じゃあ、仮にボクが帰れた時って、時間の方は……」

「こちらで何とかしておきます。まあ、時間が止まっていると思って頂ければOKです」


 じ、時間が止まってるって……。

 なんだろう、ちょっと適当なような気が……。


「さ、もう時間です。転移が完了します。まあ……頑張ってくださいね! 男女依桜さん?」

「な、なんでボクの名前を!?」

「女神ですので。あ、私はエンリルと申します。一応、これから行く先の世界で信仰されている神様ですので、まあよろしくお願いします。それじゃあ、頑張ってくださいね!」

「あ、あの! これ、本当はどっき――」


 ドッキリなんですか? って訊こうとする前に、ボクの視界はホワイトアウトした。



「う、うーん……ここは……」


 次に目を覚ますと、そこはなんだかちょっと不思議な空間だった。


 見れば周囲は淡く光っていて、不思議な石で作られた部屋……のように見える場所。なんだか、儀式とかしてそうだけど。


 なんだか、妙にひんやりしている気がするけど……。


「おお、成功だ!」


 不意に、そんな声が聞こえてきて、そちらを向くと、何と言うか……ライトノベルとかマンガでしか見ないような髭を生やした三十代後半くらいに見える男の人がいた。なんとなく、威厳があるような気がする。


 周囲を見れば、何と言うか……魔法使いっぽい感じの人も何人かいた。


 え、これ……どういう状況?


「そこの少女よ、儂の言葉がわかるか?」

「え、あ、はい。わかりますけど……って、ちょっと待ってください。少女?」

「む? 少女だろう? その可愛らしい顔立ちに華奢な体躯。どう見ても、少女では?」

「……………………あのすみません。ボク、男です」

『――ッ!?』


 ボクが男だと言った瞬間、周囲にいた人全員が、驚愕の表情を浮かべた。


 わかるよね? ボクが男だって、普通わかるよね?


 あの、そんなにボクって、女の子に見えるの?


 ……はい、見ての通りというか、ボクはよく女の子と間違われます。


 なぜかはわからないんだけど、ボクは昔から筋肉が付き難い上に、こう、男らしい部分が圧倒的に少なく……いわゆる、すね毛とか腕の毛とかがまったく生えないんです。


 声変わりだってほとんどしなくて、男にしては高め。中学時代の合唱コンクールなんて、三年間ずっと女の子に交じってソプラノをやってたくらいです。低音、出ないんです……。ちなみに、喉仏なんて、全く見えません。え、あるの? って訊かれるくらいです……。


 男らしくなりたい! とは思っているんだけど……まったくならない。


 身長だって、157センチと小柄。ボク的には、170センチがいい! って高望みはしないけど、せめて165センチにはなりたいんです。


 でも、伸びない。


 ……あとは、未果たち曰く、ボクの髪の毛はさらさらでふわふわだそう。あと、肌も真っ白できめ細かく、すべすべしているとかなんとか。さらに言うと、まつ毛も長いし、二重だし、華奢だし、指はしなやかで長いし、って言われます。


 それらがさらにボクを女の子っぽく見せているんだって。


 泣きたい……。


「そ、それは失礼した! てっきり、その風貌から少女だとばかり……」

「……いえ、慣れてますから……」


 嫌な慣れだけどね……。


 多分顔が死んでいたんだと思うんだけど、ボクが今のことを言った瞬間、同情というか、哀れみの視線を向けられた気がします……。ぐすん……。


「と、ともかく、一度一緒に来てくれまいか?」

「……わかりました。ボクも今、色々と混乱していて情報が欲しい所ですから……」

「そ、そうか。何と言うか……すまないな」


 申し訳なさそうな表情を浮かべながら、謝られた。


 ……女神様の話で、なんとなーく想像はつくんだけどね……。

 本当かどうかは……あれだけど。



「というわけで……異世界から参った勇者よ、どうか、魔王を討伐して欲しい」


 謁見の間、と呼ばれる場所に行き、男の人……というか、王様が玉座らしきものに座ると、唐突にそんなことを言われた。


 ボクはその瞬間、きょろきょろと周囲を見渡した。


 これはあれだよね? ドッキリだよね? そうだよね? 周囲にいる人たちはボクの知り合いたちか、テレビ番組のスタッフさんとかなんだよね? そうなんだよね?


「え、えっと、あの……これ、ドッキリ、ですよね?」

「どっきり……とやらは知らぬが……」


 ドッキリであるかどうかを尋ねると、王様は少し困ったような表情をしてそう言った。


 ……あ、ハイ。えーっと……これはもしかして、あの女神様が言っていたことが事実、って言うことだよね……?


 ちょっと待って。なんでボクがこんなことになってるの?


 え? え?


「あの、元の世界に帰りたいんですが……」


 少なくとも、今言えるのはこれくらい。


 だって、いきなり魔王を討伐して欲しい、ってどういうこと? いきなり転移させられて、いきなりそんなことを言われても、はいそうですか、とは言えないよ? ボク、どこにでもいる、普通の男子高校生ですよ?


 魔王を討伐して欲しいと言われても困るので、帰りたいと言ったら、


「……すまない。それはできないのだ」


 って言われた。


 ……え、帰れないの?


「あの……なんで、できないんでしょうか?」


 納得のいく説明を求めないと。


「いや、それが、な……。おぬしを呼ぶのに使った召喚陣には、特殊なルールが設けられていてな」

「る、ルール、ですか」

「うむ……。一つ、召喚陣が使用できるのは、こちらの人間がどうしようもなくなった時。一つ、そのどうしようもない状況は、魔王が原因の時に限る。一つ、召喚された者は、魔王を討伐するまでは帰還できない。一つ、帰還可能なのは、翌年以降の召喚された日であること。以上だ」

「……そ、そんな……」


 つまりボクは、勝手に召喚されて、勝手に謎の縛りを設けられて、勝手に魔王討伐に駆り出された、ってこと……?


 ……な、なんですか、それ。


 どうして、しがない高校生のボクがこんなことに……?


「え、えっと……魔王討伐以外で帰る方法は……」

「……ないな」

「え、えぇぇぇぇぇ……」


 その瞬間、ボクは膝から崩れ落ちた。


 か、帰れない……元の世界に帰れない……。


 ドッキリだと、まだ少し疑っているけど、言われてみれば聞きなれない言語だし、なぜか日本語のように理解できるし、なんか、周囲には甲冑を着た騎士の人たちがいるし、王様のすぐそばには、なんというか……一番強そうな男の人……しかも、現代日本じゃまずいないであろう、強い迫力を持った人がいるんだけど……。


 ……これ、絶対ドッキリとかじゃないよね? テッテレー! みたいな効果音と共に、看板を持った人が出てくるわけじゃないんだよね?


 …………な、なんということですか……。


「本当に、申し訳ない……。儂等とて、苦渋の決断だったのだ……。我々世界の問題を、別の世界の者に頼むなど、とんだ人任せだと。すまない……」

「…………少し、気持ちの整理をさせてもらえると、ボクとしては嬉しいです」

「……そうだな。いきなり見知らぬ土地に呼び出され、その胸中は混乱に満ちていることだろう。どうするかを決めたら、話に来てくれればよい。もちろん、魔王討伐をするのがこちらとしてはありがたいが……如何せん、おぬしは部外者。強制するわけにはいかん。最悪の場合、こちらで平穏に暮らすと言っても、誰も咎めはせぬし、軽蔑したりする者もいない。じっくり、考えてほしい」

「……ありがとうございます」

「最上級の部屋を用意するので、そちらに滞在するといい」

「……わかりました」

「本当に申し訳ない……」


 ……なんとなくだけど、この王様はいい人、なんだと思う。


 明らかに後悔してますっていう気持ちが滲み出てるんだもん。


 昔から、そう言うのには敏感だった気がする、ボク。


「あー……それで、名前を聞かせてはくれぬか?」

「そうですね。ボクは、男女依桜と言います」

「オトコメ・イオ? 珍しい名前だな……」

「あ、えっと、イオが名前で、オトコメが名字……家名です」

「そうなのか? 随分と珍しい名前なのだな……そのような配列は聞いたことがないが……そうか。そちらの世界では、それが基本なのだな」

「ボクの国ではそうです」

「……わかった。ああ、儂もまだ名乗ってはいなかったな。ディガレフ=モル=リーゲルという。先ほど言ったように、儂はこの国――リーゲル王国の現国王だ。よろしく頼む、イオ殿」


 なんだか、殿とつけられて呼ばれるのは……すごくむず痒い……。


「よろしくお願いします。王様」

「うむ。……とりあえず、他の者に部屋を案内させるので、今日はそこで休むといい。日も落ちたからな」

「はい。じゃあ、お言葉に甘えて、休ませてもらいます」


 ……とりあえず、今は休むところへ行こう。


 そして、今後の事を考えないと。


 ……どうして、こんなことに。

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