第41話 クローディアの前に若い騎士が現れました

エルンスト・ミハイルはシャラの村の一員となっていた。


元々エルンストの一族は騎士一族だった。しかし、王弟の反逆の時に父は国王の盾となって死んだ。その時、騎士学校に通っていたエルンストのミハイル家は反逆者の一族として騎士爵を取り上げられた。


あっという間に平民に蹴落とされていた。


エルンストは騎士になるべく諸国放浪していたが、反逆者の一族とマーマ王国に判を押されたエルンストを雇ってくれる者は誰もいなかった。


母は故郷で働いて待ってくれていたが、エルンストには絶望的なことだった。


そのエルンストはダレル国が消滅したことを知った。


ダレル王国にも売り込みに行ったことはあったが、エルンストの経歴を見ると係官はエルンストの腕を見る事もなく、城から追い出されたのだ。良い印象はなかった。


そして、そのダレルを潰したシャラにエルンストは興味を持ったのだ。その村を訪ねた時だ。エルンストはそこに元第二王子のアルヴィンがいることを知ったのだった。処刑されたはずなのに、そこに彼ははっきりと存在していた。


「殿下、アルヴィン殿下ではありませんか」

彼を見てエルンストは思わず叫んでいた。まさか、父が守れなかった皇族の一人が生きていらっしゃったなんて。エルンストには信じられなかった。


「私はもう殿下ではないよ」

振り向いた彼は無表情に言った。


「生きていらっしゃるとは存じ上げませんでした」

エルンストの脳裏には今までの苦しかったことが怒涛のように思い出されていた。


父が殺されたこと。騎士爵を取り上げられて邸宅を追い出されて泣き崩れる母。どこへ行っても相手にされない、自分の姿。頼み込んでも門前払いし続けられる自分の姿。


気付けば怒涛のように涙が流れていた。


しかし、霞んだ目の先の王子は自分を置いて歩いていこうとしていた。


「お待ち下さい。殿下。私を何卒殿下の騎士にしてください」

エルンストはアルヴィンにすがりついた。



「何言ってるんだ。私は処刑された人間だ。もう殿下ではない。騎士は必要ないよ」

冷たくそう言い切るとエルンストを振り払って歩き出した。


「殿下」

その後姿を見ながら号泣していた。

涙が止まらなくなっていた。


しかし、アルヴィンはエルンストを置いて歩いて行った。


今までの希望もすべて無くなってしまったみたいだった。


エルンストは泣き崩れていた。



「大丈夫ですか」

そのエルンストに声に声がかけられた。


「す、すいません」

涙に暮れた目をこすりながらエルンストはそちらを見た。


そこには女神が立っていた。


エルンストにはそう見えた。


短くした金髪に青い瞳、その美しい姿は当に女神だった。


「あなたのお名前は」

「はい、エルンスト・ミハイルと申します」

慌ててエルンストは跪いた。


「姓をお持ちということは騎士様でいらっしゃるの」

「いえ、今は平民です」

慌ててエルンストは言った。


「そう、じゃあ私と同じね。私はクローディアと言うの」

女性は微笑んで言ってくれた。



その女神のクローディアがエルンストを拾ってくれたのだ。

後ろに立っていたステバンといういかつい男は鋭い目でエルンストを睨みつけていたが。



しかし、エルンストが今までの苦労話をクローディアにすると、それを聞いてそのいかついステバンが涙を流してくれたのだ。


「お前も苦労したんだな」

そのエルンストの肩を思いっきり叩いて、エルンストを地面に叩きつけながら・・・・



「アルヴィンの野郎も、苦労したんだ。さっきのは許してやれ」

ステバンがエルンストに同情しながらも言った。


「はい、それは守れなかった我々のせいでもあります」

いくら騎士養成学校の生徒であったからと言って王族を守れず、簒奪されたのは事実だった。


「しかし、その件はもう気にするな。シャラの姉御のいる限りもうマーマ王国の残虐王に未来はない」

ステバンは言い切った。


「あの残虐王に勝てると」

驚いてエルンストが聞いた。



「当たり前だろう。姉御はクローディア様を生贄にしようとしたダレル王国を消滅させて、攻め込んできたマーマ王国軍1万を殲滅したんだ。その姉御に何をトチ狂ったかあの残虐王は家来になれとかふざけたことを言ってきたんだ。使者らは瞬殺されたがな。もう、残虐王に残された時間は無いさ」


「本当ですか」

喜んでエルンストは言った。


「アルヴインは複雑みたいだけどな」


「何でなんですか。やっと仇をうてるじやないですか」

当然のようにエルンストは言った。


「でも、考えてもみろよ。自分の愛した女が、その憎き男の子供を生んでいるんだぞ。その男を倒した後にどうする」

ステバンが言った。ステバンはアルヴィンに同情していた。


「確かにそうですけど・・・・」

頷いたもののエルンストにはまだよく判っていなかった。


エルンストは人を愛したこともなかったから。


男女の機微とか、アルヴィンの気持ちとかよく判っていなかった。



こうして、エルンストはステバンと一緒にクローディアの騎士になった。


そのエルンストの前に、深夜、宰相ジンデルの影が現れた。苦労をかけた母の命を人質にして。

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