第39話 元第二王子の妃は仇の子供のために生きようと心に誓いました

マーマ王国、人口50万人を誇るこの近辺では最大の国家だ。その王宮も広大で立派だった。

その広大な王宮の中にある庭園の中をオードリーは侍女を一人連れて歩いていた。


その前方から30人ほどの人を引き連れたアドレイド王妃の一行が歩いてくるのが見えた。


慌てて側室のオードリーは横に避けて頭を下げる。


「あ、これはこれは」

そのまま通り過ぎて欲しいとオードリーは祈ったが、かなうわけもなく、王妃はオードリーの前で止まった。


「目立つ色を来た女官がいると思えば泥棒猫でしたか」

オードリーは唇を噛んだ。王妃は会うたびに嫌味を言ってくるのだ。


「本当に、悪逆非道の王子の妃だったくせに、命乞いのために、その夫の前で陛下に躰を開いたとか」

一人の女官ポーリーナ・スコーンが笑いながら言った。伯爵家の妻だった。


その一言にオードリーは固まった。


あの時は本当に地獄だった。あの時のアルヴィンの目が一生忘れられなかった。


オードリーの目から涙が流れ落ちた。


「えっ」

オードリーは驚いた。後宮で、処刑された元王子の妃として、馬鹿にされるのはいつものことだった。涙が出るなんて思ってもいなかった。


「ほう、涙を流すということはその噂はほんとうじゃたのじゃな」

いかにも馬鹿にしたように王妃は言った。


「本当に醜い端女ですわ」

ポーリーナが笑って言った。


そこへ可愛い走る音がした。


「母上をいじめるな」

そこには5歳になったジェイク王子がオードリーを庇って立っていた。


「ジェイク」

慌ててオードリーはジェイクを抱き寄せた。


「な、なんと、王妃殿下に逆らうのか」

ポーリーナが王妃の威を借りて言った。


「お控えなされ。女官風情がジェイク殿下に逆らわれるか」

その後ろから騎士のニコラスが現れた。


「何を言います。側室の傍系の王子と王妃殿下を比べれば王妃殿下のほうがお立場は上です」


「それは当然のこと。私が言いたいのは女官風情が王子殿下の前で跪かずに立っているなと言っているのだ」

きつい視線で王妃の周りに立っている女官達を睨みつけた。


青い顔をして慌てて女官たちは跪いた。

確かにキャメロンはこの王子ジェイクを溺愛はしていなかったが、無視もしていなかった。皇太子が死んだ跡は第2王子のアーロンが皇太子に立太子されるものだと思われていたが、まだ、そうはなっていない。寵姫のオードリーの息子ジェイクの可能性もあるのだ。

そのジェイクに睨まれるのは得策とは言えなかった。女官達は慌てた。


「ふんっ、夫の命を守るために陛下に躰を開いたと噂されるスコーン伯爵夫人が良くも言われましたな」

そのスコーンを睨みつけてニコラスは吐き捨てた。

「えっ」

オードリーは驚いてスコーンを見た。オードリーのことは散々けなしていたのに、そんな噂があったのだ。


「なんですって。証拠でもあるの」

ポーリーナは目を吊り上げていった。


「噂なのは同じだろうが」

笑ってニコラスは言うと王妃に跪いた。


「これはこれは王妃殿下に置かれてはご機嫌麗しう」

人を馬鹿にしたような声でニコラスは言った。


王妃はニコラスを憎々しげに見たが、ニコラスはびくともしない。もともと図々しいので有名な騎士だったなと王妃は思い出していた。


「ふんっ、興ざめしたわ。行きますよ」

王妃は踵を返しすと歩き出した。

女官たちも慌ててついていく。


「ニコラス様。ありがとうございました」

ジェイクを抱きしめたまま、オードリーは言った。


「いえ、私はジェイク殿下の騎士でございますので当然のことをしたまでです」

ニコラスはオードリーに跪いたままで言った。


ニコラスももともとアルヴィン王子付きの騎士だった。王子が処刑された時に王子に殉じようとしたのだが、王子に妃を頼むと頼まれたのだ。


裏切り者と影で言われながら生きてきたニコラスにとっても、オードリーと同じでこの10年は辛いものだった。


「ジェイク。お勉強はどうしたのですか」

今はジェイクは勉強の時間だったはずだ。思い出してオードリーが聞く。


「はい。母上」

ジェイクはその母にカモミールの花を一輪差し出した。


「えっ」

王子から花を贈られるのは初めてだった。オードリーは驚いた。


「授業の中で先生から大切な人に花を送る風習があると聞かれて、途中に咲いていたこの花がきれいだと言われて採ってこられたのです」

ニコラスが説明する。


「ありがとう」

思わずオードリーはジェイクを抱きしめていた。


今まで辛いことも多々あった。もうアルヴィンはないいし、お腹の子も流れた。

今はキャメロンとの間にできたこのジェイクしかいなかった。憎き仇の子供だったが、お腹を痛めたこの子には罪はないはずだった。


このジェイクのために生きよう。

改めてオードリーは思った。

もうそれしかオードリーには生きる希望はなかった。

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