第21話 夏の終り

「ハァハァハァ」

「やった! ミカエラさん、あのオークジェネラルに一人で勝ったよ!」

「うむ! 見事だったぞ!」

「あ、ありがと……あぁっ!」


 僕とクロが駆け寄ろうとしたら、ミカエラは膝から崩れ落ちた。

 倒れそうになったミカエラを僕は抱き止めた。

 汗でぐっしょりと濡れていて、息も絶え絶えといった感じだ。


「大丈夫、ミカエラさん!?」

「え、ええ。大丈夫よ。だけど、さすがに、限界みたい」

「だが、素晴らしかったぞ、ミカエラよ! これでまた一つ上ったな!」


 クロは手放しでミカエラを褒め、ミカエラも小さく拳を握りしめて喜びを噛み締めているようだ。

 僕たちは、安全圏の祠のある洞穴まで引き返した。


☆☆☆


 オークジェネラルを一騎打ちで倒したミカエラを木の上で見守りながら、リーは涙を流していた。


「や、やりましたよ、皆さん! お嬢は見事に試練を乗り越えました!」

「マジかよ! やっぱ、お嬢はモノが違うぜ!」


 通信魔道具で報告を受けたグレンはガッツポーズを取って、飛び跳ねた。

 周りには、オークジェネラルを含む、切り刻まれた死体が無数に転がっている。


「オッホッホ! リーちゃんの作戦通りねぇ! お嬢の修行の邪魔をしないで、オーク共の援軍をこっそり防いだんだからぁ!」

「いえいえ! 私なんて、大したことはしていませんよ! 姫も聞こえていますか?」

「うん! ボクたちも聞いてるよ。リーくんの作戦通りオークの本拠地をおじいちゃんの隕石魔法で吹っ飛ばしたから、アイツらテンパってるよ!」


 無邪気に笑うカーリーの足元には、オークの王オークロードの首が転がっている。

 さすが世界最高峰の隠密にして暗殺者、本拠地を強襲された混乱のさなかあっさりとキングを取っていた。

 統率者を失ったオークたちは最早烏合の衆と化していた。


「フォッフォッフォ! ワシは言われた通りやっただけじゃよ!」

「ウン! オークオウコク、カイメツ!」


 ウーゴはカーリーを護るように周囲のオークたちを軽々と薙ぎ払っている。


「私はそこまでやれとは言ってませんけど、お嬢が無事だから細かいことはどうでもいいです! みなさんももう戻りましょう!」


 冗談のような戦闘能力を持つ特殊部隊の隊員たちは、指揮官代理のリーの元へと引き返した。


 この日、オーク王国は滅亡した。


☆☆☆


「ありがとう、マンジくん。それに、クロさんも」


 僕たちが転移魔法陣でヤマト王国に帰ろうとすると、ミカエラは祠の前で足を止めた。


「え!? でも、ミカエラさん、体力を回復させなきゃ!」

「ううん、いいの。私はまだ修行期間が残ってるから」

「そ、そんな……」

「うむ! いい心がけだぞ! マンジもこの根性を見習わなければな!」


 ミカエラを心配する僕を、クロは一蹴した。

 まったく、クロは僕には厳しいんだから。


「う、うるさいな、クロは。……わかった。その、ミカエラさんも無事でいて!」

「ええ、ありがとう! ……えっと、マンジくんも、ミカって、呼んでくれていいから。わ、私達も、と、友達、でしょ?」


 ミカエラは、そっぽを向いて照れくさそうに赤い顔をしている。

 こうして見ると、やっぱり同い年の女の子なんだなと思ってしまう。


「うん! ミカ、ちゃん、また新学期に学校で会おう!」


 僕はミカエラとここで別れ、再び修行に戻るミカエラの背中を見送った。

 と、同時だった。


「ウギャー!? い、痛いー!?」


 ミカエラと別れ、気の抜けた僕は激痛に悶え苦しんだ。


「やれやれ、マンジのバカモノが。早く帰って、診てもらうぞ」

「いえ、その心配には及びません」

「む! 何者だ!?」


 突然声をかけられ、クロは爪を出し、戦闘態勢に入った。


「失礼いたしました。私は危害を加えるつもりはありませんよ」


 洞穴の陰から姿を現した小柄な男に見覚えがあった。


「あ! あなたは、リー副長!? ど、どうしてここに!?」

「フフフ。君がお嬢を助けてくれたことは見ていたよ。その事で御礼をしたくてね」

「リー? なるほど、特殊部隊副長のリ・ムウか。あの悪タレの部下にしては、人間が出来ておるようだな?」

「あらぁ? 隊長の悪口を言うなんてぇ、生意気なネコちゃんねぇ?」

「フローレンス殿、落ち着いてください。私達はケンカをしに来たのではありませんよ?」


 リーになだめられ、奇抜な格好をした男は渋々落ち着いた。

 どうやら『マッド・ドクター』と呼ばれる世界一の名医、本名不明の特殊部隊軍医フローレンスのようだ。


「わかってるわよぉ、リーちゃん。……ちょっと、あなたぁ! そのボロボロの手を見せなさいぃ!」


 フローレンスがやって来て、クロは警戒態勢に入ったが、僕は静かにクロを止めた。

 クロは仕方がない、というように、ため息をついて警戒を解いた。


 僕が手を差し出すと、フローレンスはあっという間に治療してみせた。

 骨を繋げるのも素早く、痛みが走ることもなく、ほんの一瞬で完全回復した。


「す、すごい! ありがとうございます!」

「オーッホッホッホ! これぐらい容易いことよぉ!」


 フローレンスは気軽に高笑いをしているが、この治療は簡単では無いはずだ。

 やはり特殊部隊は、誰もが突き抜けている。


「さて、我々はまたお嬢を見守りに戻るが、後日しっかりとお礼をさせてもらうよ」

「そんな! リー副長、僕は大したことはしていませんよ!」

「フフフ、遠慮するな。私は君がお嬢と友になってくれただけで嬉しいのだ。それに、前に会った時に比べて別人のように逞しくなったな! 『男子、三日会わざれば刮目して見よ』か。次に会う時が楽しみだ」


 僕は去っていくリー達の後ろ姿に、言葉もなく頭を下げた。


 また僕たちは二人っきりになった。

 クロは急に厳しい顔つきになって僕の前に立った。


「さて、マンジよ。今回は反省点が多すぎる! 我を忘れて己の拳を壊すなど、言語道断だ! 自分の力の制御も出来ねば、次はどうなるかわからん! 今回生き延びたのは、運が良かっただけだと思え!」


 僕はクロに厳しい言葉を浴びせられ、がっくりと項垂れた。


「あ、うクロ、僕……ん?」


 僕がクロに言い訳をしようとしたら、一角を持った大きな犬?のように、全身の白毛がもふもふとした生き物がゆっくりと歩いてきた。

 そして、僕の前にやってきておすわりした。

 舌を出して、ワクワクしているように見える。


「……え、ええと?」

「ほう! 獬豸カイチではないか!」

「カイチ?」

「うむ。この地に棲む幻獣だ! これは珍しいことだぞ。こやつが自ら契約を結びにやってくるとは。……ほう? オーク共との戦いを見ておったのか」


 僕が不思議そうに首を傾げているとクロが僕に説明してくれた。

 ミカエラを助けようと奮闘した僕を見て気に入ってくれたそうだ。

 それで、幻獣使いである僕と契約を結びにやってきたというわけだ。


「そっか。それじゃあ、君と契約しよう!」


 僕は契約の呪文を唱え、獬豸カイチもワン!と応えた。


☆☆☆

 

 NO.3

 名:ヘテ

 種族:獬豸

 属性:土

 ランク:C

 相性:A


 一角を持つ一角獣、人の善悪を理解する力に長けている。

 ヤマト王国では狛犬と呼ばれる。

 紛争において理が通っていない者、すなわち悪人を自身の一角で刺し貫く。

 正義と公正を象徴する事から「瑞獣」の一体とされている。


☆☆☆


「ま、獬豸もうぬを認めてくれたことだ。吾輩も認めてやる。己の身を顧みず、惚れた女の助けに入ったことは見事だった!」


 クロは少し恥ずかしそうだが、僕を褒めてくれている。

 僕は家族で、相棒であり師匠のクロに認められて自分を誇りに思った。


 こうして、熱い夏は終わった。

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