第7話 猫の手を借りる

 僕は何が起こっているのか全く理解できなかった。

 現実が辛すぎて、僕は妄想の世界に逃避してしまったのだろうか?

 僕の飼い猫のクロは、ふわふわの白い胸毛を見せながら二足で仁王立ちしている。


「おい、マンジ! 何を呆けておるか!」


 やはりクロが人の言葉を喋っている。


 ええ?

 どういうこと?

 

「いい加減にせい!」

「あふぅん!?」

 

 僕が未だに信じられないものを見る目でいると、猫パンチが顔面に飛んできた。

 うう、痛い。

 これは現実のようだ。


 クロは僕に説明してくれた。


 幻獣ケット・シーは人語を理解し話すことのできる妖精猫、ネコたちの王族らしい。

 クロは冒険者だった祖父ジョーンズとともに、開国直後のこのヤマト王国に移り住んだそうだ。

 

 僕は信じられない気持ちでいっぱいだった。

 まさか、クロがそんなにも特別な生き物だったなんて。

 一応そういう生き物なのだということだけは理解することができた。


「では行くぞ! ついてくるが良い!」

「って、ええ!? ま、待ってよ! 僕、まだおばあちゃんに挨拶もして……」

「ええい、ウダウダ抜かすな! 吾輩が甘ったれたうぬを鍛えてくれるわ!」


 僕はクロに無理やり連れて行かれ、近所の竹林の中にある、無人の神社にやって来た。

 クロはくるりと僕の方を振り返ると、偉そうに腕を組んでまた仁王立ちをした。


「うむ! ここならば静かで修業をするのにうってつけである!」

「ねえ、クロ。修行って何のこと?」

「細かいことは気にするな。修行のメニューは考えてある。だが、その前にうぬの今の実力を見る! そこの端から端まで走ってみろ。大体100メートルある。……むむ、マンジ、時計を持っておるか?」


 クロは全く僕の話を聞かなかったが、とりあえず学校支給の魔道具、高機能懐中時計を渡した。

 何をしたいのか分からない。

 でも、僕はクロに言われた通り全力で走ってみた。 


「……ふむ、10秒4か。入試時に比べればそこそこ速くなっておるが、たかがしれたものだな。ネコたちは本気を出せば7秒ぐらいだぞ。もっとも、吾輩は3秒3だがな」

「ハァハァ、でも、僕は人間だよ」

「甘い! 常識に捉われるな! うぬの惚れているミカエラはどうだ?」

「え!? ど、どうしてそんなことを!?」


 僕はクロにはっきりとミカエラに惚れている、と言われて驚愕してしまった。

 クロは自慢気にニヤリと笑った。


「そのくらいは当然である。ネコたちの情報網を甘くみるでないぞ? 吾輩はそのネコたちの王ケット・シーである。この街の情報は掌握しておるわ!」


 クロは入学してからの僕の現状も知っていた。

 学校でいじめられていること、ミカエラに一目惚れしたこと、それどころか初等学校時代からの僕の情けない黒歴史、などなど。

 ネコたちの情報網は侮れないものだった。


 クロは昨日のミカエラとのやり取りも知っていた。

 僕が本気で追い込まれていると知り、修行をつけてやると勝手に意気込んでいたのだ。


 僕自身すがるものがなかったので、猫の手を借りてもいいとは思う。

 でも、僕はまだ理解が追いついていなかったし、気が乗っていなかった。


「でも、僕なんて無理だよ……」

「何を言うか! 勝手に自分で自分の限界を決めるな! うぬは偉大なる冒険者ジョーンズ様の血を引いているのだろうが!」

「お、おじいちゃんはそうだったらしいけど、僕にはそんな才能なんて……」

「ええい、いつまでもウジウジと情けない! 何もやっていないのに、初めから諦めるな! 吾輩がその腐った根性を叩き直してくれるわ! そこに直れ! 組手だ、かかってこい!」


 全く意味がわからなかったが、僕はクロにかかっていき、何も出来ずにコテンパンに叩きのめされた。

 クロはへそを曲げて帰っていってしまった。

 僕は自分の飼い猫にすら愛想を尽かされ、情けない自己嫌悪のまま意識を失った。


 僕は夢の中でもいじめられていた。

 体は小さくなり、子供の頃に戻ったようだ。

 それなのに、高校生のタケチ達にいじめられていた。


 タツマとサヨがやってきて、タケチ達を追い払ってくれた。

 でも、タツマたちも今の姿になっている。

 そして、子供の姿の僕を見て大きなため息をついた。


「はぁ、マンジはいつまで経っても情けないな。士官学校に入ったのに、いつまでも甘えんなよ」

「本当ね。ウジウジしてるマンジなんか、ミカエラさんに相手にされなくて当然ね」

「ま、待って!」


 幼馴染の二人は、僕に愛想を尽かしてどこかに消えていった。

 

 僕は目に光が戻ると、頬に冷たいモノがつたうのを感じた。

 涙を拭うと、見慣れない景色に頭が混乱した。


「あ、あれ? こ、ここは?」

「お! 起きたかな、少年?」


 声をかけられたほうを見ると、目が落ちそうになるほど大きく見開いた。

 褐色の肌の美女が、豊満な胸を隠すことなく着替えているところだった。


「え、え、ええ!!?」


 僕は目をそらして、一気に顔と下半身の一部が熱くなるのを感じた。


 な、何で!?

 ここ、どこ!?

 誰なの、この人!?

 て、ていうか、お、おっぱ……

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