2 path

protagonist:


 翌日の晴れた朝。

 彼女と一緒に眠っていたベッドの上。甘く優しい香りのなか。

 新しい住処で僕はこのホテルの主人あるじを呼ぶ。

主人公「せんせ〜。はいないか。忙しいんだな」

 机の上に、メモが置かれていた。いくつかのガジェットといっしょに。僕はベッドからゆっくりと出て、それに近づく。

『そのiPhoneとApple Watch、右のクローゼットの中は使っていいよ』

 そしてApple Watchをとりあえず右腕に巻きつけてセットアップしながらつぶやく。

主人公「環境はバッチリだな。MacBookはおいおい頼むか」

 クローゼットの中を確認する。その中にはスラックスとポロシャツが何組も入っていた。

主人公「次の仕事はテニスかな」

 僕はホテルの前に設けられた段々のベンチのような階段で腰がけ、コンビニで買ったコーヒーを再び飲む。埋立地の公園特有の広すぎる遊歩道と、高い空と、その横には巨大な海が広がっているのを見ながらつぶやいた。

主人公「しかし未冷先生がいたのが夢だったのか。それともまだ、夢の中なのか」

 そうして、再び空を見上げる。

主人公「本当に人工衛星、飛んでるのかな……」

 そのとき、ランニングウェアを着て、高く結んだふたつの髪のふさを揺らしながらだれかが登ってきて、隣に座ってきた。

主人公「衛理?」

 マスクをつけたままの彼女はこう言った。

衛理「あなたの推薦人に会いたい?ナードくん」

 僕は答える。

主人公「ああ、休校だしそうしろって未冷先生が」

 彼女はどこか自信ありげに言った。

衛理「私の暗号名コードネームは、執行者エクゼキューター。かっこいいっしょ?」

主人公「ふうん。それで先生のは知ってる?」

 彼女は面食らったあと、答える。

衛理「私も知らない」

 あ、そういえば、と僕は言って、

主人公「君もこのあたりに住んでるの?」

衛理「このあたりも何も、同じホテルだよ」

 僕は困惑しつつホテルと彼女を何度も見比べながらも、

主人公「けど君はどうして、この仕事を……」

 彼女は顔を近づけてくる。お日様のような香りのする彼女は、ささやくように言った。

衛理「もう一度死ぬなら、教えてあげる」

 怖気付きながらも、僕は訊ねた。

主人公「みんな物騒なんだね?」

 彼女はわずかに沈黙してから、答えた。

衛理「そうじゃなきゃ、やっていけないから」

 衛理は僕の顔を覗き込む。そして衛理はiPhoneをマイクのようにして聞いてくる。

衛理「バスが来るまで時間がある。未冷との馴れ初めは?ナードくん」

 また、お日様の匂いを感じて、いい匂いだと思ってると気づかれるのが恥ずかしくて、顔を背ける。けど答える。

主人公「中学の時からいっしょなだけだよ」

衛理「いまは同じ部屋暮らしなのに?」

 僕は衛理へ視線を戻す。

主人公「なぜそれを」

衛理「未冷がこの写真を」

 そうして差し出されたiPhoneには、不思議なポーズを決めた未冷先生と、僕の寝顔のツーショット。しかもSNSで。書いてある文章も、まずかった。

未冷先生「テロリストから救ってくれた主人公?いま先生の隣で寝てるけど」

 気が遠くなっていくなかで、昨日の珍事を思い出す。僕は未冷先生へと訊ねていた。

主人公「先生、僕はこれからどこで暮らせばいい?」

 彼女は両腕を広げ、こう答えてくる。

未冷先生「ここ」

主人公「どうして……」

 彼女はどこからか銃を取り出してくる。

未冷先生「ここなら装備が揃えられるよ?」

主人公「まさかホテルが武器庫なの?」

 彼女は敵意を見せないようにか拳銃のマガジンを外しつつ両腕をまた広げ、

未冷先生「ホテルだけじゃない。液状化対策の名の下でいろいろできたし」

 僕はなんとか返す。

主人公「お金持ちって怖いね」

 彼女は口角をあげ、こう言ってくる。

未冷先生「もうすでにご同業よ?」

主人公「信じたくない……」

 そう思い出しているとき、衛理はスマホを僕の頬にやさしくつついてきていた。

衛理「ほら答えてよ、主人公くん〜」

 僕はため息をつき、答えた。

主人公「中学の時、未冷先生が図書室で項垂れてた。だから声をかけた」

衛理「ナンパじゃん」

 そう言いながら楽しそうな衛理に、僕も笑う。

主人公「ああ、人生で一度きりのね」

 僕はあの時を思い出しながら続けた。

主人公「で、暗号通貨のアイデアを話した。お金と共にある、搾取なき世界のことも……それから、全てが変わってしまった」

 衛理はマイクのように持っていたiPhoneを下ろしながら訊ねる。

衛理「ねえ、私たちが中学生だった時って、まさか……」

 僕は頷く。

主人公「あの暗号通貨が生まれた。バブルが起きた。僕らの夢は、完璧ではなかった」

 俯く衛理に、必要はないだろうが僕は告げた。

主人公「決済可能なあの暗号通貨を基盤に、金融商品が山ほど生まれた。その上に、古い暗号通貨がのった。古いものが、詐欺に使われた」

 呆然とする彼女に僕は微笑みながら、

主人公「だから僕は、白昼夢を終わらせにいく。罪を、償うために」

 衛理は遠くを見つめる。そしておもむろに言った。

衛理「ねえ、あんたが暗号通貨をつくったらよかったんじゃないの」

 僕はうつむきながら答えた。

主人公「それが、ダメだったんだ」

衛理「えっ」

 僕はごまかすように首を振る。

主人公「ち、違う」

 僕は両手を握りしめ、言葉を紡ぐ。

主人公「調べたんだ。暗号通貨のプログラムコードも書いて学んだ」

 やがて開かれたその両手を見つめながら、言った。

主人公「気づけばコンピュータの言ってることも、世界も、わかるようになっていた」

 衛理はそれで笑った。

衛理「それで、未冷せんせのために戦う主人公くんに?」

 彼女は楽しそうに足をブラブラとさせる。

衛理「面白いね、アンタ」

 その反応を見て、僕は安堵した。

主人公「道化さ。笑ってくれ」

 その時、駆動音が聞こえた。衛理がその方角をみやる。

衛理「あ、バス来た。急いで!」


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