ダーク・ホーリー 誓いの指輪

LLX

第1話 黒い森

雪が積もる森の中、2人の騎士が寒さに震え辺りを見回した。


遠い国からたずね歩いてようやくこの、北の黒い森へとたどり着いたのだろう。

年若い青年だがひどく疲れて見えた。

すでに数日、この森に朝から入っては彷徨さまよい、そして近くの村に宿を取る日が続いている。

村人達は、恐れていても魔女を悪く言う者はいない。

だが、森の深くに入り込むのは、非常に危険だと警告けいこくした。


空を鳥の声がして見上げる。

沢山の鳥たちが、雪を落とし一斉いっせいに羽ばたいた。

寒さに身体が震え、コートの襟元をつかむ。

それでも、1人は寒さを忘れたように目を凝らしながら奥へ奥へと歩みを止めない。


「サリュート様、日が暮れると危のうございます。

今夜もまた近くの村に宿を取りましょう。」


従者らしい同年代の青年が、すでに薄暗い森に白い息を吐く。

しかし、主人はどうしてもあきらめきれない様子で振り向いた。


「ラルフ、しかし相手は魔物のような魔女の息子。夜の方が見つかる気がするのだ。」


「しかし、ここで野営は出来ません。もうすでに3日目です、もしやすでに魔女殿はいないのでは?」


「いや……きょを変えたとは、誰も言ってはいなかった。それに私には何か感じるのだ、この森に。」


サリュートと呼ばれた青年が、しばし考え右の手袋を外す。

そして首元からトップに指輪のついたネックレスをはずし、の間からうっすらと星が瞬きはじめた空へとそれを掲げた。


「この指輪を見よ!黒い森の魔女の息子よ!

我が名はサリュート・グリオス・ガラーナ。ヴォルト・アリオス・ガラーナのひ孫となる者!

どうか我が前に姿を現したまえ!」


しん……


風が止み、そして森が一層の静けさに包まれる。

バサバサと大きな羽音がして、一羽のカラスが近くの枝に留まった。


『ナニ用カ?』


「カラスが!サリュート様!」


サリュートは指輪をカラスに見せながら、近くによって行く。

そして声を上げた。


「魔女の息子殿にお会いしたい!

我が曾祖父殿そうそふどのが、息子殿にお会いしたいと切望している。すでに病の床にあり、身体も弱っている。

どうか、どうかお願いしたい!」


ラルフがサリュートの顔を見る。

『弱っている』それは、王の親族であれば本当ならば言ってはならない言葉だ。

だが、それも忘れるほどに今は切羽せっぱ詰まっていた。

カラスは頭を上げ、そして身を震わせるとまたサリュートを見る。


あるじハオ会イニナラヌ。帰ルガヨイ』


カラスがそう言って、大きくつばさを広げ飛び立とうとする。


「待て!待ってくれ!せめて話しを来てくれ!頼む!」


『帰ルガヨイ』


バッとカラスが飛び立つ。

思わずそれを射落いおとそうとするラルフに、慌ててサリュートが止めた。


「やめよ!私も一言で済むとは思っておらぬ!ラルフ!」


「しかし、しかしここまで苦労して足を運ばれた、あなた様の苦労を思えば……」


ギュッと唇をかむ。

ラルフは馬を下り、そしてサリュートの前に出た。


「魔女の息子よ!

お主はそれ程に冷血なのか?!

この真冬のきびしい中、10日をかけてここまで来た王子に、あなたをただただ探してここまで来た者に、会うこともしない!

なんと薄情はくじょうな、魔物にもおとる者よ!」


声があたりに反響する。

日は落ちて、不安にラルフの馬が落ち着きを失う。


ブルルルルッ!

ルルルッ!


サリュートも馬を下り、ラルフの馬の手綱たづなを引いて落ち着かせる。

冷たい指輪をポケットに入れ、大きくため息をついた。


「もう良いラルフ、今日は森を出よう。

少し私も疲れた。」

「……はい。お力になれず申し訳ありません。

もう暗うございます、ランプに火を入れましょう。」


馬のくらにぶら下げておいたランプに、火を付けようと火打ち石を探す。

すると自然にランプに火がつき、あたりを明るく照らした。

ハッと2人が辺りを見回す。

ほんのりと小さな明かりが、森の奥から木をすり抜け飛ぶように近づいてくる。

ラルフが剣に手をかけ、サリュートをかばい背にした。


「王子」


「ラルフ、まだ抜いてはならぬ。」


「承知しております。」


光が飛んできて2人の前で止まる。

目を凝らすとそれはランプの光に、そしてそのランプを持つ1人の黒装束くろしょうぞくの男へと変わった。


「ようこそ、お迎えに上がりました。どうぞこちらへ。」


その男は軽く頭を下げ、そして先を歩き出す。

2人は顔を合わせると、あとを付いて馬を引き歩き出した。


「息子殿は会って下さるのか?

そなたは魔女の館の使用人か?」


抑揚よくようもなく低い声で、すべるように歩く男がゆっくりと振り返りうなずく。


「はい、私はレントと申します。

主は今、水浴びに出ておりますので、館でお待ち下さいませ。」


「水浴び?この雪の中を?!」


驚く2人に、男はクスクスと笑う。


「冷血や薄情などと、恐れを知らぬ方だ。相手を知らぬと長生きできませぬぞ。

ああ、主様は馬がお嫌いでございます。

ですが、特別のはからいでお許しになられましたので、くれぐれもお静かに。」


「それは大丈夫だ、この2頭はおとなしい。」


「それは上々、では、どうぞこちらへ。」


大きな木を横切った瞬間、突然目の前が開け月明かりに照らされる小さな城があらわれた。


「これは!」


「馬はお預かりいたします。どうぞ中へ、温かいお茶をお出ししましょう。」


いつからそこにいるのか、大きな帽子で顔の見えない小さな少年が馬を連れて行く。

2人は案内され、城内に入ると一つの部屋に通された。

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