片海高校文芸同好会

惟宗正史

第1話 出会い

 夕暮れの屋上。俺は彼女に問いかける。

「本当にいいのか?」

 俺の問いに彼女は優しく微笑むだけだった。だが、その微笑みが俺に『君にならいいよ』と暗に告げているようであった。

 俺は勇気を出して一歩前に進む。彼女は両手を広げて俺を受け入れてくれる。

 力を入れたら折れてしまいそうな華奢な彼女の身体。それを俺は力強く抱きしめる。彼女も俺に対して強く抱きしめ返してくれる。

 それだけだった。それだけだったのに全裸だった俺の息子はいきり立つ


「待て」

 原稿を読んでいた眼鏡をかけた理知的な少年が思わずと言ったように突っ込んだ。

 それに対して今回の原稿を書いてきた茶髪の少年は元気よく答える。

「おいおい海野! まだ最後まで読み切ってないだろ! これからが本番だぜ⁉」

「真田、お前は確かラブコメライトノベル作家志望だったな」

「おう!」

 真田の満面の笑みの返答に海野は原稿を机に叩きつけながら叫ぶ。

「だったら何故告白のシーンで全裸なんだ!」

「おいおい海野! 一世一代の晴れ舞台だぜ⁉ 一張羅で挑むのは当然だろ!」

「むしろ一着も着てないわ! まぁ、これはいい……いや、よくないが俺が知らないだけで最近のラブコメ小説には定番なのかもしれない」

「そうだ! お前のこじんまりした世界観で小説を語るな!」

 真田の反論に海野は冷静に目つぶしをした結果、人型のモップが出来上がった。

「百歩譲って全裸告白はありだとしよう。だが、最後から急に官能小説になるのは何故だ?」

「執筆って前に読んでいた本に影響されるよね!」

「お前の下半身事情なんて知りたくなかったよ……!」

 海野はそう言って真田の書いてきた原稿を机においてしまう。

「今回の出来はどう思う?」

「論外」

「やったぜ資源ゴミからランクアップ!」

「お前はその低レベルで喜んでいていいの? いや、前回と違ってドッキング相手が動物から人間になった時点でだいぶレベルは上がったんだが」

「むしろ動物とのドッキングのほうがレベル高い気がしない?」

 真田の言葉を海野は綺麗に無視した。

「だが、真田。お前の小説のヒロイン。具体性に欠けるぞ」

「……やっぱりそう思う?」

 真田の問いに海野は真剣な表情で頷く。

「ヒロインの具体例が『腰から太腿にかけてのラインが素晴らしい娘』とか具体的なのかそうじゃないのかわからんぞ」

「でも俺の理想のヒロインはそうなんだよなぁ」

 海野の言葉に真田は腕を組みながら首を傾げる。

「で? 続きはどうする? 一応、読んだほうがいいか?」

「いや、ぶっちゃけ読んで欲しかったのは最初のほうだけだからいいや。ちなみに最初のほうの展開はどうだった?」

「童貞の肥大化した妄想を読まされた感じなだけで、ダメだろう」

「ふぅ! 辛辣ぅ!」

 海野の言葉に真田は机に突っ伏す。それを苦笑して見ながら海野はポメラを開く。

「海野は次の公募はいつ締め切り?」

「五月半ばだな」

「間に合いそう?」

 真田の問いに海野は不適な笑みを浮かべる。

「超やばい」

「お前の語彙力がやばいよ」

「ぶっちゃけ授業もぶっちぎって執筆したいけどな」

 学園でも鬼畜クソ外道で『いう事をきけ? は? 俺はお前の弱み握ってますけど?』を地で行って教師相手でも平然と脅迫するのが海野という男であったが、唯一勝てない相手が二人が所属する『本気で小説家を目指す同好会。通称、文芸同好会』の顧問であった。

 きっとこの顧問がいなかったら片海学園は変態が跳梁跋扈し、鬼畜クソ外道が覇権を握る暗黒時代であっただろう。

 資料片手にポメラを打ち始めた海野を見て真田はスクールバックを持ち上げる。海野は真田のほうをみずに口を開く。

「帰るのか?」

「今日は帰るわ。帰りがけに駅前で理想のヒロインがいないか探してくる」

「また警察沙汰になるなよ」

 海野の忠告を聞き流しながら真田は文芸同好会の部室として使われている図書準備室から出ていく。

 時刻は夕暮れ。赤い光が窓から差し込んでいる。

(あ~、そういや小説の時間はこの時間帯に設定していたな)

 それを思い出すと真田は階段を昇りだす。取材がてらに屋上にいってみようと思ったからだ。

 そして階段の途中で真田は立ち止まってしまう。

 そこに彼女はいた。

 階段の踊り場から外を見ている横顔は逆光で見えないが、高校生とは思えない胸と細いくびれ、そしてそれに不自然にならないお尻。

 控え目に言って真田にとっての最高な身体のラインを持った女子生徒がいた。

「いたぁぁぁぁぁぁあああああぁぁ!」

 真田は思わず叫んで図書準備室に向かってダッシュ。中に入ると面倒そうに真田を見る海野を無視して棚から原稿用紙を引っ張り出してシャーペンを握って書き始める。

「きたきたきたきたきたぁぁぁあ! 彼女こそが俺のクレオパトラ! まさしく現代のヴィーナス! ふぉぉぉぉぉぉぉぉ! 執筆意欲が沸いてきたぜぇ!」

 その日、真田は一日の過去最高の文字数を書いたが、理由を聞いた海野から「それ相手を確認したほうが今後の役にたったんじゃないか?」という最もな言葉にドン凹みするのであった。

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