運命

 鋭い電撃が走り、木々の中で蠢く鳥喰草を直撃した。その大きな蔓をくねらせて暴れる鳥喰草に、容赦なく次々と閃光が降り注ぐ。

 やがてヴィンの電撃で鳥喰草は動きを止めた。一緒に焦げてしまった木々の中に、鳥喰草が横たわっているのを見下ろす。

 太く木の幹のような蔓、そしてその先端には口がある。いつ見てもグロテスクな姿だ。


「ヴィン、大丈夫?」

「ああ」


 なにも出来ないことがもどかしい。ぎゅっとヴィンの手をにぎる。


「鳥喰草、多くなったね……」


 最初は鳥喰草に出会わない日もあったというのに、日を追うごとに多くなっていく。一つの島に数体の鳥喰草がいることも多い。

 果てがそれだけ近づいてきているということでもあるが、それを喜ぶ気にはなれなかった。この先、休息すら難しくなるかもしれないのだ。

 事実、ここ数日は寝ている時に襲われて空へ逃げ出す回数が増えていた。ずっとヴィンが一緒に眠ってくれているおかげですぐに察知して回避できるが、やはり心臓には悪い。


(それに、まだ……)


 結局楽園を救う手立てはなにもない。

 ヴィンたちはこの状況を長いこと続けて来ていたと言うから、雛乃がなにを考えたとしても無駄なのかもしれなかった。

 それでも、諦めきれない。繋いだヴィンの手を離したくなかった。ヴィンの熱を知ってしまった今ならなおさら。

 最初の頃のような、はしゃいだ気持ちもすぐにしぼむ。相変わらず島々は美しいと思うが、そこには不気味な影が蠢いているのだ。

 鳥たちの姿もぐんと減った。ここにいてはいずれ喰われるだけ。皆、楽園の中心へと逃げていくのだ。

 島々は放り出され、鳥喰草だけが蠢いている。ヴィンと二人でゆっくり過ごせる時間ももうないかもしれない。そう思うと、こんな時なのにヴィンの優しい熱を意識せずにはいられず、知らず唇に指で触れていた。そのことに気づき、ごまかすように口を開く。


「鳥がいなくなったら枯れたりしないの?」

「根から無尽蔵に生命を吸い上げてる。緑もなにもかもな。島の生命が死滅すれば枯れるが、その前に種を飛ばす」


 ヴィンの赤い瞳が険しくなる。島の生命が尽き鳥喰草が種を飛ばして枯れると、その島は崩壊してしまうのだと教えてくれた。

 この先、そういう生命の枯れつつある島が多くなるとも。


「目に見える鳥喰草を始末したところで、地中の種はやがてまた芽を出す。それまで見つけて排除するのは物理的に不可能だ。手が足りない」

「ごめんなさい、わたしのためにみんな……」

「自分を責めるな。これは、俺たちが俺たちのためにしていることだ」

「でも……」


 どうして考えていることがわかったのだろう。

 ヴィンが雛乃に向き合うように体勢を変え、空いている右手で雛乃の頭をなでる。それはやはり、とても優しい熱だ。もっと欲しいと思ってしまうくらいに。

 こんな時になにを考えているのだろう。そんな少しの罪悪感すら、雛乃の気持ちを強化してしまうようだった。

 雛乃の額を、ヴィンの親指がそっと触った。その部分だけが熱い。その熱に口づけた感触が蘇り、身体を熱い波が走り抜けた。

 ヴィンは、ヴィンの気持ちは自分と同じなのだろうか。はっきりとは聞けなかったそれを、今聞いてしまいたい。

 しかし雛乃が口を開くより早く、ヴィンが口を開いた。


「行こう。……ん? ドゥードゥが呼んでいるようだ」


 ヴィンは短く鳴いて、翼を大きく動かした。力強い羽ばたきとともに勢いよく前進を開始する。


「酷い状態の島があるみたいだ。危険だが……」

「いいよ、行って助けてあげて」


 ヴィンとゆっくり向き合って話したい。もっと触れ合っていたい。だが、それは楽園の大事よりも優先されるべきでないこともわかっている。楽園が助からなければ、結局雛乃がどうなろうがみんな死ぬしかなくなるのだ。

 そんなのは雛乃の望みではない。

 危険でもヴィンがいればきっと大丈夫。なんならヴィンが力を使いすぎないように注意しておかなくては。

 雛乃はそう自分を鼓舞し、前を見つめた。


 ◆ ◇ ◆


「どうしようか……ヒナには悪いけど、餌になってもらおうかな」


 そのナツの言葉に、ナギは生唾を飲み込んだ。

 黒く焦げている鳥喰草を見つめるナツ。その瞳は、冷たい輝きを放っている。


「でも。ヒナはなにも悪くないじゃない」

「そうだけど。でも一か百なら、百を選ぶべきじゃない?」

「それはわかるけど……」


 ヒナもひとつの命で、助かるかもしれないと聞かされて協力する以外の選択肢は浮かばなかった。それはナツだってそうだったはずだ。

 鳥喰草を楽園から排除する手がかりになるかもしれない。そういう思いもあった。


「それに、本当になにも悪くないのか? わからないよな、それは。鳥喰草だって、長いこと誰も危険視なんてしてなかっただろう?」


 その通りだ。まさかあんなに巨大化して、鳥を喰い出すなんて思っていなかった。それらが放つ違和感に気がついていながら、だ。

 ヒナも楽園のものではない違和感を放っている。それは鳥喰草とはまた違うものだが、警戒するにこしたことはない。

 そんなことはわかっているのだ。


「ヒナよりもヴィンと過ごした時間の方がはるかに長いだろ?」

「ええ」

「もし考えている通りなら、ヴィンを救える可能性があるのは俺たちしかいない。それが、俺たちの役目じゃないか?」

「そう、ね。仕方がないけれど」


 そもそも最初から選択肢などない。自分が力を持つ鳥に生まれた時から、こうなることは避けられなかったのだ。

 それが運命さだめだ。自分は楽園のために生きているのだから。

 ヒナにはなんの恨みもないが、ここへ迷い込んで来たのもまた彼女の運命であり役目なのだ。そう無理やり自分を納得させようと頷く。それでも胸は傷んだ。

 助けたいと思った。なんの未練もなく、ここから出て帰ってくれたらと。ヴィンはナギという親しい女がいるのだから、心を寄せるだけ馬鹿馬鹿しいと。そう思って欲しかったのに。

 それでもヒナの犠牲で救われるものがあるのならやるしかない。


「ドゥードゥには?」

「気がついてると思う?」

「彼が気付いてないはずないわ。だって、ヴィンに直接触れているもの」


 力を持つ鳥としてのドゥードゥの力はかなりのものだ。そのドゥードゥがヴィンに触れていながら気が付かないはずなどない。ナギだって気がついたのだから。

 ドゥードゥだって気がついていながらずっと様子を見ていたはずだ。だが、もうそんな余裕はないしその選択は間違いだったと言わざるを得ない。


「正直、ドゥードゥの出方がわからない。ドゥードゥはヴィンが……」

「そうね」

「今はまだよそう」


 ナギの耳に、ドゥードゥの呼び声が聞こえた。その声にナツが一瞬嫌悪感を浮かべ、それを無理矢理ねじ伏せた。ちょうどいい舞台が揃ったなとつぶやく。その声はかすかに震えていた。

 本当は、ナツもこんな手段を取りたくはなかったはずだ。


「あたし、ヴィンが好きよ」

「ああ、知ってるよ」

「ドゥードゥだってそうだわ」

「ああ」

「ナツも」

「そうだね」

「きっと、ヒナも」


 それでも進むしかない。守るべきものを、守るために。

 もう、猶予は、ない————。

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