第21話 城崎

 土産物屋から川下へ歩くと大きな川に出た。海まで歩くには遠すぎて帰りが遅くなる。込み入った旅館街から、拓けた円山川の河川敷を少し歩くと、旅行気分から詮索モードに切り替わった。

 土産物屋の武藤さんもここ半年は見掛けてないそうだ。それは柳原亜紀さんの失踪と重なる。一体あの男は何を狙っているのか、それともただ身を隠しているだけなのか。誰から何の為に……。考えれば切りがなかった。

 こうして暫く散策して、夕方には北柳通りの温泉街へ戻って来た。此処は比較的大きい旅館が多く、嶋崎旅館もその一角に有った。ロビーにはもう温泉で一風呂浴びたのか、浴衣姿の家族連れが寛いでいた。四十代の夫婦と、子供はまだ小学生の低学年だろうか、多分夏休みに入ってやって来たのだろう、と尻目にフロントで呼び出した。もうスッカリ和服に着替えて、女将さんらしくなった彼女が応対してくれた。

 女将は館内の設備の説明をしてくれた。もう予約客はないのか、女将さん自ら加奈の荷物を持って、部屋迄案内してくれた。

 さっきのワンピース姿からすれば、裾が引っ張られるせいか、着物はお尻のヒップラインかクッキリと映し出されていた。加奈のジーンズでも出ないラインに後から見とれていた。

「いつもお着物ですか」

 とさっきのワンピース姿が頭に残り、思わず当たり前のことを訊いてしまった。ええ、と屈託のない笑いを返されてしまった。その笑いに誘われて連泊出来るか訊いた。

「大丈夫よ」

 此の季節は逗留期間が延びても差し支えないほど部屋は空いているらしい。

「夏は暇なんですか」

「ええ、閑散期でして」

「でも電車は家族連れで込んでました」

「海水浴にいかれるのでしょうねここまで足を伸ばされる方は僅かです」

 それでもネットでは城崎の宣伝は、泊まりたくなるような、キャッチフレーズだと褒めた。

「これは女将さんのアイデアですか」

「いえうちの主人のアイデアです」

「ご主人は地元の人にしては斬新な宣伝しているのね」

「もとは大阪のホテルマンでした人ですから」

「それで都会の人を旅に誘う文句が上手うまいんですね、特に日本海側の城崎は旅愁が上手く表現されてると思ったらやっぱり地元の人じゃ無かったんだ」

「そうねあたし達からすれば思いも寄らない言葉ばかりで驚かされました」

「是非そのキャッチフレーズを描いたご主人にお目に掛かりたいもんですね」

 丁度部屋の入り口に着いてしまった。女将さんはキャリアバッグを部屋に片付けた。そしてお茶を煎れながら、夕食の段取りを訊かれた。

「あれほどのキャッチコピーをどうして書かれたか伺いたいですね」

 と迫ったが、あいにく関西へ出張して留守だと言われた。それで先に風呂へ入ることにした。

 湯舟に浸かりながら、中々進展しないのに苛ついてきた。先ほど耳にした女将だが、何処まで真実なのか。ほんとに出張なのか、それともこの春から失踪しているのか、事実はどっちだろう。

 土産物屋の武藤は、春から見てないと云ってる。そこで此の後に此の温泉街で何軒かの店で聞いても、どの店もやはりこの春から見てないと云っていた。だから女将は嘘を云ってるのか。此処で考えは堂々巡りして、のぼせ上がる前に加奈は風呂から上がった。ダメだ空回りばかりしてる、もう今日は仕事を辞めて楽しもう。

 部屋に戻り窓の縁側に座り、通りを眺めて居た。そこへ加奈と同じぐらいの、服装も丁シャツにジーパンの女の子が、夕食の支度にやって来た。

 何なのこの子は、と暫く黙って見ていたら、手際よく料理を座卓に並べるからあれ? 此処の子? と聞けばバイトだと云う。へぇー、いつからと聞けば高校の途中から来てて、もう三年になるそうだ。並べ終わると料理の説明と食べ方の講釈が始まったから。ざっくばらんに聞き出すと、彼女も羽目を外して喋り出した。

 女将さんはどうやら三組の家族の、夕食に追われているらしい。そこであんた歳が近いし行って来いー、と言われたらしい。

「まだ高校生?」

「今年卒業して今は居候だよ」

「あたしはおととしだけど居候なのがあたしと似てる」

「何処が似てるのよ居候が独りで旅行するか」

「これも仕事なのよ旅行会社のモニター調査に応募して採用されたの」

「へぇー都会じゃあそんなバイトがあるのか羨ましい」

 彼女が興味を持った。しめたと深雪加奈は自己紹介して名前を訊くと城戸茉利きどまりと名乗った。

「じゃあ茉利ちゃん此処の家族構成を訊いても良いかなあ」

 お安い御用と来た。紆余曲折に山坂もあったが、俄然張り切りだした。

  旅館の女将、嶋崎佐登は三十歳の大台を迎えていた。五年前に結婚して波多野との間には五歳の息子と三歳の娘が居た。

「へぇー二人の子供がいるのか、じゃあ此処のご主人とは幾らバイトでも三年も居れば会った事はあるでしょう」

「朝の挨拶では良く顔は会わすし年に数回だけどボーリング大会もやるから気軽に声も掛けてもらってる」

「そのご主人はどんな人?」

「それはいい人でバイトの子にも良く気を遣ってくれてる」

「どんないい人なんだろう」

「旅行会社ってそんな事も知りたがってるの、でもお客さんへの受けは矢っ張り女将さんだよね」

「表向きはお客さんの満足度だけど紹介する旅行会社にすれば安定した経営状態が判らないと困るだろう」

「なーんだそんな事かでもうちは大丈夫だよ、アッ、社長は毎年海水浴にも連れて行ってくれた」

「今年は?」

「今年はまだ、ちゅうか社長はこの春からずっと出張でいないの」

「エッ! 半年もいないって何処へ?」

「それが良く解んないのよね、女将さんは関西方面って云ってたけど此処だけの話だけどヨーロッパ諸国の宿泊状況なんかを調べに行ってるらしいけど。此の温泉街じゃあこの話は内緒なの。だってもうこの町のイメージからして合わないでしょう。だから組合から何を言われるか判らんからこれは此の旅館の極秘だよ、アッ、ご飯おかわりしょうか」

「もうお腹いっぱいで無理だよ」

「そうだねじゃあ片付けるね、そいでさ加奈ちゃんは明日からの予定はあるの」

「どうして」

「じゃああたしと海水浴に行かない? そこでならゆっくりともっと詳しい事も教えられるよ」

 水着を持って来てないと云うと。水着だけでなくビーチボールや浮き輪も、なんでも必要なら用意するって、茉利は云ってくれた。よくよく訊くと、女将さんから「退屈して帰られたら困るから、あんた気が合うようなら二、三日相手したげ」と言われたらしい。

 彼女はこの町に住んでいて自転車でやって来る。彼女同様にみんなこの城崎で生活の基盤を得ている。海水浴は近くの久美浜は砂浜が五キロも続いて綺麗だけど、車が無いからと云うので、翌日は竹野浜へ彼女に連れて行ってもらう約束を取り付けた。でも遊びに行くなら豊岡ならなんでも有るから帰る日に連れて行ったげると言った。

 茉利は加奈の丁シャツのデザインも気に入って、何処で買ったか訊いて来た。

「大阪だけど何処にでもあって珍しくないよ」

「豊岡はなんでも有ったけどそれはなかった」

 ちょっぴりさみしそうな茉利の顔に戸惑った。

「だったら余分の丁シャツが有るからこれあげるから帰って洗濯したら」

 彼女の嬉しそうな顔付きに、こっちまで嬉しくなった。

「そう云えば此処の社長も加奈ちゃんみたいなセンスの良い丁シャツを持ってたけど、サイズが合わなかったからこれは良かった」

「社長さんって波多野さん」

「それ旧姓だよ、ここでは嶋崎でも、籍は入れてないから波多野だよね」

「それって誰から聞いたの」

「波多野さん。でも内緒だよって言われたの」

「その話もっと訊かせて」

「明日ね。だってもう時間だもん。じゃあーね。明日泳ぎましよう駅で待ってるから」

 と茉利は片付けた食器を、次々と廊下のワゴンに運ぶと「楽しみにしてる」って言って引き揚げた。


 

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