第30話

 一夜明けると、天王寺砦には次々と信盛の与力武将が集まってきていた。彼らは、既に上様と戦う覚悟を固めていた。誰もが主君を、恐ろしい 上様より思いやりのある信盛様と慕っており、 織田家最大の7か国にまたがる与力が結集すれば、十分戦えると考えていた。

 また羽柴秀吉が毛利と密かに通じているように、佐久間も本願寺と太いパイプがある。本願寺が織田軍と互角の戦力で、その戦闘力は温存されていた。 本願寺や上様に批判的な九条家など公家が味方につければ、勝負の行方は分からない。

 さらにこの追放処分に疑心を生じた織田家出頭人たちの態度も変わるかもしれず、毛利や長宗我部も織田家側につかないだろう。佐久間軍の結束が固い以上、勝機は十分にあった。

 信盛の与力武将一同は、戦う決意を信盛に促した。信盛はその忠心も嬉しく思ったが、自分には天下を云々する器量も野心もない。 与力たちには酷いようだが、上様に仕えてもらうしかない。

 そもそも彼らは上様の家臣で、信盛の部下ではない。 上様に仕えるのに、何の支障もないはずであった。

 しかし彼らは、信盛を主人のように仕えていた。誰もが涙を流し、上様の沙汰を表立って批判できない悔しさに席を立つ者はいなかった。信盛は、彼ら一人一人に丁寧に詫びて回った。

 与力大名は誰もが信盛を慕っており、彼らはもう戦う気力を失ってしまった。信盛のためにこの世の希望を失った廃人になってしまった。 信盛は、彼らを見捨てたまま、その日のあちに高野山に向かった。

 中にはこのままいれば狂った彼らが 暴発して何をしでかすか分からないほど、彼らの頭の中は混乱していた。 信盛も後ろ髪を引かれながら、狂ったように天王寺砦を後にした。

 信栄は、混乱した信盛の手を引くようにして前へ進んだ。父信盛はまだ現実を受け止めることができずに沈痛な面持ちで虚ろな目をして、ただとぼとぼと歩くのみだった。

 生きる力を失った信盛一行は、どうにかして高野山に辿り着いた。信盛の与力が影ながら信盛を助け、高野山では信盛は何不自由ない生活を送ることができた。


しかし、上様はそれすら許さなかった。


 佐久間父子は、紀伊熊野の奥、足にて任せて逐電とした。上様は久しく召し使っていた者なので、 一旦は命を助けたとしながらも、

 追放は厳しく忍びにて罷り上がり候儀、これあれば見合わせ討ち果たすべし

 つまり、一歩でも山を降りれば殺せと厳命した。 上様は、佐久間父子を俗世から切り離し封印した。佐久間を織田家の権力闘争から守るには、それしか方法がなかった。

 上様も、佐久間信盛を頼りにしていた。彼は佐久間家を守るため、敢えて追放処分にせざるを得なかった。

 信盛は追放処分が心身とともに堪えて、生きる気力を失っていた。信栄が体に悪いとしてしきりに外出を進めても、部屋でぼーっとしていた。 食欲もなくなり日に日に痩せ、廃人のようになっていった。

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