第38話 最高裁判所 判決

 神野はO弁護人の上告趣意書には十分満足した。仙人と自分を含めた3人の総力での趣意書である。提出期限の数日前であった。神野にできることはもう何もない。後はO弁護人にお任せして、翌月中旬の判決を待つばかりである。結果はどうあれ、今回初めて自分も精一杯頑張ったという満足感があった。長らく収まらなっかったイライラ感は薄れ、少しだけ充実した気分であった。


 このO弁護人が簡易裁判の弁護人であったら、恐らく違った判決が出たであろう。だが今回はどうか? 神野にはどうしても、最高裁への上告の条件としての理由が


1.憲法解釈の誤りがあること

2.法律に定められた重大な訴訟手続きの違反事由があること


である必要があるのが気にかかる。素人には分りにくい内容だ。


 判決の日が迫ってきたある日、神野は改めて上告趣意書を熟読してみた。ここで初めて、一つ大きなミスがあるのに気付いた。

『受付から前屈現場が見えるのであれば、直接目撃現場に着くまで、ずっと見えていたはずである』

 この文言が欠落していた。

『腹筋台と前屈現場は同時には映らない』

 この文言でカバーできるのではあるが…。


 判決の日。

 O弁護人から連絡はなかった。(駄目だったか!)

 神野は半分諦めた。判決が覆れば、すぐに連絡がくるはずである。

 次の日、最高裁判所から封書が届いた。心の準備をして、中を開いた。


主文

 本件上告を棄却する。

 当審における訴訟費用は被告人の負担とする。


理由

 O弁護人の上告趣意は、事実誤認の主張であって、刑訴法405条の上告理由にあたらない。

 よって、同法414条、386条1項3号、181条1項本文により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。


(やはり…)

 覚悟はしていたとは言え…

(やはり、事実誤認になるか…)

 神野の身体から、力が抜けた。ただ、高等裁判所の判決の時のような怒りはなかった。

 心配していた通り、『最高裁への上告の理由』には当たらなかったのだ。弁護人は仕事だからまあ良い。


(仙人や自分の努力は何だったんだろう?)

 虚しさと仙人に対する申し訳ない気持ちだけが残った。

 フウーっと一息吐いてから、神野はO弁護人に電話をかけた。


「あ、先生、神野です。つい今、最高裁から判決文が届きました」

「そうですか」


「こんな一言だけなんですね」

「ええ。私のところにもそれだけなんですよ」


「先生は、これはもう仕方のないものだと思いますか?」

「いや、そんなことないです。………………」

 このあと、O弁護人が自分を慰めてくれた言葉を神野は思いだせない。


「最高裁で負けたってことは、目撃者を偽証罪で告訴するのは無理ですか?」

「ええ。もう早く忘れて、次に目を向けた方が良いです」


「そうですか。分りました。どうもお世話になりました」

「お役に立ちませんで、すみませんでした」


 このO弁護人との会話が、今回の裁判関係者との最後の会話になった。



to the next Episode.




 

 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る