第31話 不法侵入現場検証   

 それから数日後、同じ喫茶店で2人は再会した。すぐに仙人は現場の間取り図を取り出した。新しい紙に実にきれいに仕上げている。この不器用そうな熊手みたいな手で、どうやってこんなにきれいな図面が描けるのだろう。共にアウトドアライフを楽しんだ過去の事、テキパキとテントを設営できる周知の事実は理解できるが、図面技術には驚きだ。どう見ても、自分の方がうまく描けそうなのに…? 神野には不思議だった。

 仙人の描いた間取り図は、神野の要求を見事なまでに充たしていた。これならこのままでも使えそうだが、神野は予定通りこれに受付場所と鏡に映る虚像を描き加えることにした。

 仙人はフロアー内部の写真や、フロアーから鏡越しに受付場所を写した写真も何枚か、スマホで撮ってくれていた。神野はその一部を写メで自分のスマホに送信した。これで資料は全て揃った。あとは、正確な図面を描いて、O弁護人から依頼されている、N簡易裁判所およびO高等裁判所での判決不服理由を書くとともに、その図面を基に目撃者の偽証を暴けば良い。

 神野には希望の光が射してきたように感じた。『待ってろ、偽証女!』という気分だった。


 仙人と別れたあと、帰宅してすぐに神野は正式間取り図の作成に取り掛かった。長さにして50分の1、面積にして2500分の1の間取り図である。鏡に映る虚像の位置に少し手間取った。中学時代は神野得意の幾何学であったが、このところ脳みその衰えが著しい。少々もたつき乍らも、A3のコピー用紙に納得の間取り図を完成させた。

 神野が認識している前屈現場、即ち北側通路から4.7メートルの位置だと、全く2人の姿は鏡の外である。2~4メートルだと鏡の中だ。奈穂の証言した2~3メートルは勿論鏡の中に納まる。そして今は、その2~3メートルが生きている。


 数日後、神野はO弁護人からの依頼の判決不服の理由を述べるべくPCの前に座った。ある程度入力したところで、神野はもう一度きっちり、現場検証がしてみたくなった。

 翌日のKスポーツジムの休館日を利用して、落ち着いてじっくり検証したい。休館日に中に入れてくれるかは分らないが、ダメ元である。

 エレベーターに乗り4階で降りた。靴を脱いでフロアーに上がるとき、事務室から灯りが漏れてたので覗いてみると、誰の姿も見えなかったのでこれ幸いと小さな声で、『お邪魔します』。で、中に入ってみた。

 真っ先に、一度も足を踏み入れた事のない受付カウンターの中に入ってみた。奈穂が目撃したという、正にその位置に立って鏡を見てみた。

 やはり、ここからだと前屈現場は見えない。しかし2人が手前に2~3歩下がれば、視界に入ってきそうだ。そこから、直接目撃場所まで鏡を見ながら歩いてみた。間取り図で検証したとおり、だんだん見える範囲は広がっていく。ますます、奈穂の偽証が明らかになる。

 事務室の方は相変わらず物音がしないので、この際まあ良いだろうとマシンフロアに裸足のまま、そっと脚を踏み入れてみた。見つかれば、不法侵入かな? まあ、見つからなければ良い。

 改めて、腹筋台やら近くにある各マシンの位置、サイズを確認してみる。やはり、自分の前屈依頼位置はここだ。今度はそこから鏡を見てみる。当然奈穂の目撃した受付は映らない。神野は証拠写真を何枚か撮った。

 玄関あたりで物音や話し声が聞こえたような気がしたが、知った事か! 最後に改めて受付から目撃者の目線での写真を数枚撮って、引き上げる事にした。

 事務室の前を通る時チラッと横に目をやると、人の姿が見えた。知らん顔してそのまま靴を履いた。


 さあこれでもう、自分にできる事は『判決不服の理由』を完成させるだけだ。



to the next Episode.

 

 




 


                 

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