第28話 第二審O高等裁判所・判決

 控訴趣意書の確認の後、神野は各証人尋問調書、被告人供述調書、判決理由を何度も何度も繰り返し読んでみた。改めて、怒りがこみ上げてくる。

 裕子は警察署での調書では、神野を毛嫌いしていた旨の供述をしているが、公判では控えている。検察官からの指示によるものだろう。

 奈穂は公判で自分の貧乳の逆恨みが増したとみえ、偽証が酷い。

 裁判所書記官は、『有罪ありき』の判決が得意なNa裁判官や奈穂に忖度して偽証を目立たなく修正している。例えば、奈穂は『何度も手を上下に動かしていた』と偽証したが、当書記官は『何度も』を外している。

 判決理由では、目撃者の供述の信用性について、鏡越しに目撃したのは譲るとしても、鏡までの距離だけを取り上げ、鏡から現場までの距離が取りあげられていない。又、鏡越しに目撃できているなら、まっすぐ鏡に向かって歩けば終始現場の様子が鏡越しに見えるはずである。それに対して誰も疑問を持っていない。直接目撃した2~3メートルの距離も目撃者だけの言い分であり、実際は4~5メートルはある。

 被害者と目撃者の証言の違いについて、その内容が全然食い違っているにも関わらず『見る位置の違いや説明に個人差があるので、供述の信用性を揺るがすものではない』などとふざけたことが書かれていた。


 控訴趣意書の提出後、O高等裁判所での公判まで1か月近くある。それまで神野にはすることは何もない。神野はNa裁判官の人となりを知りたいと思った。

 ネットで検索してみた。予想違わず、かなり評判の悪い裁判官のようだ。大企業優先、手抜き判決、老害裁判官…といった書き込みが多く見られた。

 今回の公判でも、遅刻はする、難聴なのに補聴器はつけない、Kスポーツジム優先、気は短い…で、手抜き裁判もいいとこだ。資格の有無は分らないが、有資格者ならペーパー裁判官であろう。


 1か月が過ぎた。高裁公判の前日、Ko弁護人から神野に電話があった。

「公判は、控訴趣意書を読み上げるだけで10分ほどで終わるので、被告人は無理に来る必要はありません。どうしますか?」

 神野は一瞬迷ったが、コロナ禍でもあるし、控訴趣意書の内容は既に分っているので、行かない旨伝えた。

 高裁判決は1か月後だ。それまで特にする事もないので、神野は『判決理由』を改めて読み返してみた。『被害者と目撃者の証言の違いについて』の説明がどうにも引っかかる。

『被害者が被告人に触られたと述べている状況と目撃者が2~3メートルの距離から被害を目撃したという状況は重要な部分で一致しており、特に齟齬はない。又、触った範囲や手の動きは、見る位置の違いや説明に個人差がある事を考慮すると、供述の信用性を揺るがすほどのものとはいえない。被害者が被害に遭ったという状況は、前屈をしていて被告人の手が見えなかった被害者が、はっきりと身体で感じ、かつ明瞭に記憶している部分だけを問題にしているとすれば、衣類には触れているが身体に感じるような触れ方でなかった場合には、被害者が被害を申告していないが目撃者には身体に触っているように見えたとしても、矛盾はない』


 こんな説明が通用するのか。どう考えてみても、『有罪ありき』の判決としか思えない。

 いらいらした日々を過ごす中、神野は判決の日を迎えた。その日は朝から雨だった。何を暗示してるのか嫌な予感。そんな中、Ko弁護人から電話があった。

「今日は判決だけだから、雨の中わざわざ来なくても、閉廷したら私がすぐに電話します」

「分りました。では、よろしくお願いします」


 それから待つこと数時間、再び、Ko弁護人から電話があった。開口一番、

「控訴は、棄却されました」

「……」

「供述に不一致があるのは、2人が口裏合わせをしてない証だなんて…」

「……」

「裁判費用は8万8千…ぐらいです」

「最高裁に上告できますか?」

「最高裁で上告が通ることはまずありません。残念でしょうが、諦めて早く忘れたほうが良いと思います」

「……」

「どうしてもというのなら、私の方で手続きしますが…」

「そうですか。少し時間を下さい。相談する人がいるんで…。数日考えてみます」


 原告と目撃者の、これ程明確な証言の不一致があっても、目撃証言は通用するのか。もはや遅すぎの感は否めないが、神野は元警視の義叔父に意見を求めるべくスマホを握り直した。



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