第22話 N簡易裁判所公判4 被告人質問⑤

 Ka検察官が質問に立った。

「前屈をした時の様子について、もう少し詳しく教えて欲しいんですが。原告女性が前屈をしたきっかけというのは貴方がやって欲しいと頼んだということですか?」

「具体的に言えば、自分がランナーとして教えてもらった人に…」


 神野はここのくだりをもっとゆっくり説明したかった。だが、検察官はそれを許さない。


「端的に答えて下さい。貴女が頼んだのか、原告女性が自分でやり始めたのか?

どっちですか?」

「わたしの方からですね」


「貴方が前屈をやって欲しいと頼んだんですね。それは何故ですか?」

「自分が身体が硬くてできないんだけど、彼女だったらできるだろうと…」


 神野はこの辺りからは説明したいことがうまく言えなく、いらいらしてきた。


「それはどうして原告女性にやってもらう必要があったんですか?」

「このストレッチングはこの部位に非常に効果がある、良いストレッチングであるという事を説明したかったということですが…」


「頼まれたわけではないんですよね、原告女性に?」

「頼まれてないです」


「何故、貴方が原告女性にわざわざ教えてあげる必要があったのかということなんですけど?」

「わざわざ? と言ったら…」


「何がきっかけで?」

「流れみたいな感じ…」


「どんな流れですか?」

「自分の身体の硬さと…。どう言ったらいいか? 身体が硬くてできない。昔はできて効果があったんだけど、今はできなくなったんで、悔しさみたいなものがあって…。元々は出来たのに…、という感じ…」


「貴方ができなかったという思いを持っていることと彼女にやってもらうことと、どういう関係にあるかという話なんですが」

「こういうのは殆ど流れで行ってしまうので、あまり考えてないですが…。」


 神野はこんな言い方をするつもりは全くなかった。ただ、頭の中にモヤがかかったみたいで、説明が全然まとまらなかった。

 公の場でスピーチをする時など緊張して、当初頭の中で考えてたことと全く違ったスピーチをしてしまう事があるが、そんな感じだ。


 このストレッチングはランナーには有効だ。

 自分は腰が硬くてできない。

 彼女にこの2つの事を知って欲しい。

 知ってもらえれば、腰を柔軟にする方法を伝授して貰えるかも。


 神野はこれを、まとまりよく説明したかった。


「具体的にどんなやりとりがあったか覚えていますか?」

「いいえ」


「前屈をしている時、お尻とかはともかく、原告女性の身体を触ったこと自体は間違いないですよね?」

「そうですね」


「先ほどの話だと、触ることによって前屈でハムストリングが伸びるという話ですが

、なんで原告女性にしたか? 触ってまでする必要があったのか?  どういう流れでそういう話になったのかを教えて欲しいのですが?」

「流れ?」


 この質問及び関連質問に対する神野の応答はメロメロになっている。一度に複数の質問をされると脳みそが痙攣を起すようだ。徹夜明けみたいに集中力を欠いている。

 神野、焦る。


「現実に原告女性がやっているわけですよね。どういう流れで貴方がハムストリングを触る事になったのですか? 彼女に『私の筋肉伸びていますか?』とか訊かれたとかなら分るんですが」

「一応、名前だけとはいえコーチなんですよね。当然、知っていなけりゃいけない事であるし…」


「それを何故、貴方が触って教えてあげなきゃいけないかってことですが?」

「知らないと思ったから」


「なんで、知らないと思ったんですか?」

「あのレベルの人たちは知らない人が多いですね」


「そう思ったのはいいんですが、何故そう思ったんですか?」

「昔はあの人たちは殆どバスケット部かバレー部の人たちだったんですが、今はトレーニングをやってない素人ばかりです。彼女の体形からみてもスポーツは殆どやっていないと感じます。失礼かもしれませんが」


「じゃあ貴方は前屈をやって欲しいと頼んではいるが、自分が教えてやるつもりだったという話ですね?」

「説明程度ですけどね」


「貴方は今回の原告女性以外でKスポーツジムの従業員の身体に触れることは全くなかったですか?」

「全く記憶がないですね」


「記憶がないのか、事実としてないのか、どっちですか?」

「記憶が喪失したら、どちらかなんて分るわけないじゃん」


「今回みたいに原告女性や従業員の身体に触るとかは初めてですか?」

「そうですね」


「例えば、スキンシップの感じで従業員さんに肩や手を触ったりしたことはなかったですか?」

「何かの反動であったかもしれないけど、相手に不快感を与えたことはありません」


「不快かどうかは貴方が判断しているわけでしょう?」

「そうですよ」


「貴方から見て不快と思われる触り方はしていないということですね?」

「まあ、そうですね」


「スキンシップのレベルでも触ってないと言い切れないですか?」

「普通に『さよなら』と言って、肩をポンと叩いてそれが不快に感じるなら、それはその人間の方に問題があるんじゃないかと思うんですが」




             to the next Episode



 




 

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