第3話

(ククク……)

 実はこの時、僕は心の中でにやけていた。

 自分の考えたシナリオ通りに、話が進んでいるからだ。

 イニシャルのS。

 実はあれを書いたのは……僕だ。

 何故かって?

 もちろん冴子を犯人とするためだ。

 僕は絵里を見た。

 長い黒髪。きれいな目。スタイルのいい身体。そしてやさしい性格。

 半年間、生活を共にする中で僕は絵里のことが好きになっていた。

 絵里も僕のことを悪く思っていないようだった。

 僕が正式な養子となり遺産をもらう。

 そして絵里と結婚するというのが最高のシナリオだった。

 遺言状にはもう1つ書いてあることがあった。

 それは第一相続人が何らかの理由で相続出来ない場合は、残る2人で分割するようにというものだ。まさか、犯人は相続することは出来ないだろう。 

 益田が死んでいるのを見た時、僕にはある考えが浮かんだ。

 それは悪魔的な考えだった。

 自分の欲望を抑えることが出来なかった。

 ヒントはカーペットに流れている『血』だった。

 これだ。これを利用しよう。

 ハンカチを出し、指紋がつかないように益田の手を取った。

 そしてSとはっきり分かるように書いた。

 これで準備は万端だった。

 あとは冴子が犯人となるように、誘導してやることだった。

 現在、状況はまさに僕の考えた通りに進んでいる。

「冴子さん。あなたは早く遺産を手に入れたかった。また別の者が、養子となるのを恐れた。そのために犯行におよんだ。違いますか?」

「ち、違います」

 冴子は否定した。

 だが井上刑事も食い下がった。

「ですがね。こうして被害者は最後の力を振り絞ってダイイングメッセージを残しています。Sというイニシャルは冴子さん、この中ではあなたしかいないんですよ」

 井上刑事は冴子が犯人だと決めたようだ。

 早めに捜査にケリをつけたいと思っているのだろう。

 ますますチャンスだ。

 今ここにいるのは、4人だけ。

 4人のうち、3人が1人を犯人だと決めてしまえば事件は解決だ。

 するとさらに絵里が冴子を追い詰める発言をした。

「あの……」

「なんです?」

「これも本当は言いたくないんですけど……」

 絵里がもじもじしながら言った。

「事件に関係あることは、話してもらわないと困りますよ」

「……分かりました。私、見ちゃったんです」

「何を見たんですか?」

 井上刑事が興味深く尋ねた。

「深夜に冴子が書斎に行くのを……」

「そうなんですか?」

 冴子の顔がさらに引きつった。力なく椅子に座り、うつむいてしまった。

「詳しく聞きましょうか」

「あ。いえ。見た、といってもほんとにちらっとなんですけど……」

「時間は?」

「夜の2時くらいです。私も喉が渇いて目が覚めたんです。それで食堂で何か飲もうと思って階段を下りていったんです。食堂のドアを開けようとした時です。そうしたら背後で物音がして。振り返ってみたら……」

「冴子さんが、書斎に行くのを見た、と」

 井上刑事があとを続けた。

「そうです」

「冴子さん、どうなんですか?」

 井上刑事はじっと冴子を見た。

 冴子は辛そうな顔をしていた。

 そしてしぶしぶといった感じで話し始めた。

「……言われたのよ。夜中に部屋に来るようにって」

「お父さんに?」と僕は言った。

「そうよ。それでいってみたら、返事がなかったから戻ってきた。それだけよ」

「どうしてそれを黙ってたんだ?」

「だってそんなことを言ったら、私が疑われるに決まってるじゃない!だから黙ってたのよ」

「まあ、疑いますよね」

 井上刑事が冷たく言った。

「もう1度聞きますよ。冴子さん。あなたが犯人じゃないんですか?」

「違うわ。私は犯人じゃない」 

「冴子。本当に君が……」と僕は言った。

「やめてよ、健太。私はそんなことしないわ」

「そうだけど……ダイイングメッセージもあるし……」

「証言とダイイングメッセージ。この2つで決まりですね」

「うう……」

 何を言ってもムダだと思ったのか。冴子はがっくりとうなだれた。顔が真っ青になっていた。

 ここでさらに畳み掛けて、冴子を捕まえてもらおう。

 僕はもっとダイイングメッセージのことを追及することにした。

「お父さんは僕達を信用してくれていたのに。遺産が目当てで裏切るなんて。お父さんもどんなに悲しんでいるか……」

「ち……違う違う違う。私じゃない!私じゃないっ!」

「もうよせ冴子。Sとダイイングメッセージは書かれていた。S。3人の中でこのイニシャルは君だけなんだ」

「確かに、Sのイニシャルは私だけよ」

 嗚咽交じりに冴子が言った。

「でも、他に意味があるのかも……」

 冴子はなんとか自分が犯人じゃないことを証明しようと、必死だった。

「ないよ!あるわけない!」

 僕は全力で否定した。

 他に意味があっては、困るからだ。

 僕は冴子を真っ直ぐに指さした。

「Sは君だ!君が犯人なんだ!」

 僕は言い放った。

「い……いやあああ!」

 この場の空気に耐えられなくなったのか。追い詰められて精神的におかしくなったのか。

 冴子は部屋から飛び出してしまった。




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