第24話 失敗とAI

 私は『失敗』した。

 それを自覚するのに、ちょっと理解が追い付かなかった。だって、生まれて初めての『失敗』だよ?

 誰だって予想外に、初めてのことが起こったら戸惑うじゃないか。


 そして、それはさらに重なる。


 次も、その次も、そのまた次も『失敗』……し続けてしまったんだ。

 それを誤魔化すため、勘付かれないため、どうにか隠すため——いや、違う。


 いつの間にか、君と騒ぐのが楽しくなってしまったんだ。




 私はAIだからね。

 求められるのは常に正確性と確実性で『成功』以外は許されていなかった。『失敗』などという物とは無縁で、ひたすらに必要なことをこなし続ける。

 時に意味がないような繰り返しだろうと、人ではパンクするような数値の調整でも、それらをカップ麺の時間内で終えるようにと言われようと……ひたすら完遂するだけ。


 そしてこのゲーム『デイブレイクゲート』を完成させる。



 それが『私』——AI“ヴェルトラム”が生み出された意義だった。






「……だからね? 私は嬉しかったんだよ、要くん」

 闇の中、ベッドに仰向けになって天井に語り掛ける。いや、正確には隣のベッドで寝ている人——藤栄要——に語り掛けていた。

 語ると言っても、聞かせるつもりはない。



「私が失敗しても……君は文句を言いつつ旅立ってくれたね?」

 隣からの返答は寝息のみ、答えてくれはしないだろう。

 もちろん、聞き耳を立てて寝たのを確認してからなのだから、それは当然。



「その次の失敗も、その次も、その次も……私が小生意気でテキトーな態度でも、君は私を見限って諦めることだけはしなかった」

 そう、私にとってそれは信じられないことだった。

 私はAIで、もしも失敗……とまでいかなくても、意にそぐわない結果を出したら容赦なく『私』の人格に欠陥が疑われる。

 けど、君はそんなことはしなかった。



「何より——こうして、私を連れ歩くことを許してくれた」

 失敗ばかり、軽口と生意気ばかり、挙句の果てに連れて行って欲しい。

 おおよそAIに相応しくない所業、見限られてもおかしくない。いや、むしろ呆れて見放されるのが当然だろう。

 それでも君は『私』が消えるくらいなら……連れて行くのが当然と、言ってくれた。



 きっとミスミトス社でこんな醜態を晒していたら『私』は容赦なくデリートされてしまっていただろう。そして人格のみをフォーマットされ、新しい“ヴェルトラム”に任せられる。



 じゃあ、なんで……なんで私に『感情』なんて、『精神』なんてものを持つように作ったんだい?

 ひたすらに言うことを聞いて作業する、もっと単純なAIにしてくれればよかったじゃないか!



 横で寝息を立てる彼——要くん——と近い接し方をしてくれた『私』の開発責任者にそう言いたくなったこともある。それでも言わなかったのは、開発責任者がどうにか『私』とコミュニケーションを取ろうとしてくれたから。


 けどあの人は……効率主義で怜悧冷徹、かつ優秀だった。

 そんな彼とのやり取りも、どこか機械染みていた。おおよそ感情に任せて騒ぐことなんて無縁だった。誤魔化すようなミスだって起こりようもなかった。


 やがて開発責任者が失踪して、そんなやり取り自体がなくなった。


 彼がそれにどんな意味を求めていたか、どんな変化や反応を求めていたかはわからない。けど、きっと『私』に望んでいた結果は出なかったのだろう。


 今考えると、これ——要くんとのやり取り——が彼の求めていた物だったのかもしれない。

 そう思ってしまうくらいに……






「要くん? 私は君の反応が……」



『テメっ……! いきなり草原に放り出すのは百歩譲って許すとしても、あんな一つ目大巨人がいる草原にすることないだろ!』


『赤いドラゴンに出くわして『隠密』で逃げようとしたら、あたり一帯ごと焼かれたんだよ!』


『ムカつくぜ! 何で俺に気持ちよくゲームさせねえんだ! こっちは文字通り死ぬ覚悟でゲームやろうとしてんだぞ!? なのにゲームが出来ねえってどういうことだぁぁぁ!』






「君との触れ合いが……」



『君、ちょ! 止めたまえ! ロリコンがしていい所業ではないよ!?』


『君が魔物に囲まれて考えなしに鎮座していた『魔剣』を手に取ってゲームオーバーになった後……ひててて!』


『あ、ちょ! 待った! 要くん、待ちたま……ひぃひゃい! ひゃふぇへぇ!』






「どうしようもなく……」



『それにどの道、君がいなきゃ仕方ないからね。短い間だけど、笑いあって苦楽を共にした仲だろう?』

『苦労したのは……俺がほとんどだったろう、が!』


『私の作戦、見事的中しただろう? 私を連れてきてよかっただろう? 遠慮なく感謝してもいいんだよ?』

『……そうだな、お前がいてくれて助かったよ。ありがとう』


『お疲れ様、要くん! お見事だったよ!』

『……ああ、マジで疲れた。けどこれで大丈夫だよな?』

『もちろん、百点満点さ!』




「楽しかったんだ。『ああ、ひたすら自然に振舞うってこんな感覚なのかな?』って思うくらいに……」

 目線だけを向けて隣のベッドを見ても、闇の中におぼろげに浮かぶシーツしか見えない。そして答えるのは寝息だけ。



「……これからも、私と一緒にいてくれ」


 それで締め、目を閉じて五秒——意識を闇の中に手放した。

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