第27話 デートのお誘い



 ミリアの企てによって行われた放課後での写真撮影があった日から数日が経ったある日の土曜日。

 数馬は、数日間寝込んでいた一香の回復祝いを、近所のカフェで高校生らしく細々と行っていた。

 元々は一香の家で予定されていたのだが、一香の着替えを手伝っているのを彼女の母親に見られて以降、家に行きにくいのだとか。

 かと言って、数馬の家はどうかと問われれば、「女子を部屋にあげるのは怖い」と言って聞かない。自分は一香の部屋に入っておいて、わがままである。

 だが、一香は数馬のわがままに顔色一つ悪くする事なく、カフェで行う事を提案した。


 そんな事もあって、今現在、お昼時のカフェである。

 本人たちはその気は無いのだろうが、側から見ればデートにしか見えない。

 向かい合わせのテーブル席に、程よく近くに置かれた飲みかけグラスが二つ。

 オシャレとは無縁そうなシンプルな服装な少年に、逆に清楚感溢れる白ワンピの黒髪美少女。

 本人たちが否定しようと、外から見ればデートのそれなのだ。


 数馬が神妙な面持ちで、唸っているところを除けば。

「うーん……どうしよう……本気で、どうしよう……」

 デートには相応しくない重苦しい独り言。

 いや、実際問題デートでは無いのだが、とは言え女子と二人っきりで出かけている時にする事では無い。

 そんな数馬に対して、一香はグラスに入った飲みかけのアイスコーヒーをストローでクルクルとかき混ぜながら声をかける。

「まだ写真部サボったこと気にしてるの? 千尋ちゃんやミリア先輩はそんな事で怒らないでしょうに」

「いや気にしてるのはそこじゃなくてだな」

「じゃあどこなのよ」

「それは、言えないけども……」

 なんとも言えない感情に口籠もる数馬に、一香のストローは少しだけ回転数を上げた。


 一香に言われるまでも無く、写真部のメンバーが部活を一、二回サボった程度でグチグチ言う性格ではないのは、数馬自身よく分かっている。

 でなければ、ここまで悩む事なく、スパッと写真部をやめているか、そのまま自然消滅を待つだろう。

 が、実際に数馬は悩んでいる。そこにあるのは、逃げた事では無く、逃げるきっかけになった事にあった。

 そう、数日前のミリアの企てによる放課後の写真撮影にあるのだ。

 いや、さらに正確に言えば、帰宅後に問題が起きたと言うべきか。


 帰宅しても、数十分前では学年を代表する美女・美少女のあられもない姿を欲望を膨らませて撮影していた事実は変わらない。

 ましてや、それがカメラのデータとして残っているのだから、どうしようもない。

 その夜、溜め込んだ欲望を、データ整理しながら何度も吐き出してしまっても仕方のない事。


 その翌日から、自己嫌悪に駆られた数馬は千尋とミリアを避ける形で部室から足を遠ざけていた。

 千尋やミリアも、特に数馬を探したりする事が無かった為、そのまま今日にまで至っている。



 そんな数馬の事情を知らない一香は、幼馴染がただただ気まぐれで部活をサボったくらいにしか思っていないのだ。とは言え、彼の悩みを軽く流しているわけではない。

「まぁ、数馬がどんな事に悩んでるのかは知らないけど、いつまでも逃げきれるとは思わないことね。女の子は、執念深いから」

 と彼女なりに考えているところもあるのだ。

 それこそ、幼馴染だという事以上に。


 だが、結局は数馬自身が動かない事には変わりない。

 が、当の本人は

「いつまでも、とは思ってないけど……なかなか、な?」

「ものすごく男らしくなる時があるのに、どうして普段はこんなにナヨナヨなのさ……」

「なんかごめん……」

 と、一香に心配されているのだからどうしようもない。

「一度、剣道部に体験入部してシャキッとしてみる?」

「キツイのはゴメンだ。それこそ、撮影の反動で十分だよ」

「あちゃー、勧誘失敗」

 ナヨナヨな幼馴染にスポ根根性を叩き込もうと、数馬を剣道部に誘おうとする一香だったが、呆気なく失敗。


 だが、これは決して数馬が根性無しというわけではなかった。

「残念そうにしてるけどさ、仮に俺が入ったとして、一香の性格だと自分の事よりも俺の事ばかり気にして、稽古に身が入らない気がするんだが、どうなんだ?」

「んー……それはあり得るかも……?」

「だったら尚更、入る気にはなれないよ。こんな俺だけど、一香の邪魔はしたくないんだよ。……一香を写真部に無理やり入らせた俺が言うのも何だけどな」

「楽しく兼部させて貰ってるから気にしなくていいよ。むしろ、いい息抜きになってるよ」

「そうか。それなら、よかった」

 あくまで、他人第一。それが数馬という人物であり、一香の言うナヨナヨさに繋がっているのだろう。


 それを身をもって痛感した一香はこれ以上数馬に追及することは無かった。

 そのお詫びと言うのだろうか、一香は数馬にとある提案をするのだった。

「ところで、数馬は甘いもの好き?」

「まぁ、嫌いではないけど……」

「ならさ、明日、スイパラ行かない?」

「いいけど……どうした、急に」

 あまりにも唐突な一香の提案に、驚きを隠せない様子の数馬。


 だが、逆に一香は至極落ち着いており、

「デート、しよ?」

 可愛く、幼馴染にそう伝えるのだった。

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