第23話 魅力的だからこそ

「ほ、ほら……さっさと撮って終わらせて下さいよ……。こんな姿、部長命令だから嫌々してるのであって、誰にでも見せるわけじゃないんですから……っ!」

 そう言って、小鳥遊千尋はカメラを構えた男子生徒の前でペタリと座り込む。

 体のラインを隠したい衝動を抑えながら、それでも顔はカメラに向けず、目の端でカメラを捉える。

 その姿は、カメラ越しではあまりにも扇情的で

「分かってるから、話掛けないでくれ……ると、助かる……!」

 数馬はなんとか理性を保ちながら、無我夢中でシャッターを切り続ける。


 呼吸を乱し、額に汗を浮かべ、それでもカメラを尚も離さない数馬に少しばかり同情する千尋。

「私が言うのもアレなんですが、先輩も大変ですね、こんな部活に入っちゃって」

 そう言って、から笑いをする。

 しかし、数馬にとってはある種日常茶飯事。校舎裏に一香を呼び出しては、毎度味わう感覚。

 何も、おかしなことでも大変な事ではないのだ。

 だが、それを千尋に説明するのを数馬は躊躇っているようで

「まぁ、そうだ、ね」

 と言って、軽く笑うだけである。


 そんな二人の辿々しいやりとりを少し離れたところで見ていたミリア。

 しかし、二人のやりとりは彼女にとってあまり面白いものではなかった。

 それ故に、ミリアは動いた。

「はいはい、口はいいからチビ助くんはシャッターを切る!」

「は、はい……」

「小悪魔ちゃんも、小言ばっか言ってないでチビ助くんにサービスしてあげなきゃ」

「サービスって……なにをすれば」

「ポロリとか、あるでしょ〜?」

「「ポロッッ……」」


 部長の口から放たれた三文字の言葉。それは数馬と千尋にとって、あまりにも想定外の事で声をハモらせては声を詰まらせる。

 そして数馬はカメラから視線を外し、千尋は顔を胸をサッと隠した。


 そんな二人の反応が思い通りのものだったのか、ニヤリと笑いながらミリアは更に言葉を続けた。

「ふふっ、二人同時に反応したわね」

「そりゃ、しますって!!」

 大声で怒る千尋に合意するように、大きく首を縦に振る数馬。

 同時にミリアの笑みが増す。


「初心で引っ込み思案なチビ助くんはともかく、男の子にチヤホヤされるのが好きな小悪魔ちゃんが反応するとは思わなかったわね」

「チヤホヤされるのと、チヤホヤされに行くのは別物ですよ。 ちなみに私は前者です。ビッチではないので」

「ふぅ〜ん?」

「……なんですか」

「なんでもないわ。そう言うことにしておいてあげる」

 ミリアの不可解な言動に疑問を持ちながらも、部活を早く終わらせたい一心で言葉を止める千尋と、どこまでも余裕そうなミリア。

 限界寸前な数馬は、壁に寄りかかりしばしの休憩をしているがそれでもカメラは手放さない。


 だが、決してミリアは千尋だけに気を向けているわけでは無く、きちんと数馬の方にも気を向けていた。


 ただし、それは当然、良い意味ではない。

「でも、まぁ……ただただ普通に可愛いだけの小悪魔ちゃんの写真だけじゃ面白みはないわよね。だから、先に謝っておくわね?」

「謝るって一体何を───って、え、肩のゴムが!!!」

「少しだけ、スリリングを与えてみちゃたわ」

「部長! 一体一体どう言うつもりですか!!」

「んー、それはまぁ、チビ助くんの性欲を刺激させる為?」

「……はい?」


 ミリアが隠し持っていたハサミによって切られたスク水の肩ゴム。

 はらりと落ちゆく群青色。

 群青色のそれは少女の胸元で留まり、少女の顔はひどく赤面していた。

 赤面する彼女に反して、隠れていた綺麗な肌が白く煌めく。


 この光景を見て、少年は衝動が抑えられなかったのだろう。


 パシャ……。


 しばらく鳴っていなかったシャッター音が、突如として部室に鳴り響く。

 シャッターを鳴らした張本人は、『やってしまった……』と言わんばかりに諦めた表情をしていた。


「……藤宮先輩? 今の音は一体、何ですか?」

「えっと、その……」

「怒らないので、言ってみてください」

 口調からして明らかに怒る気満々の千尋が、犯人である数馬に詰め寄った。

 先ほどまで恥ずかしそうにペタリと床に座り込んでいた少女とは思えない迫力である。

 そんな彼女の迫力に押され、数馬は正直に理由を口にした。

「……あまりにも、小鳥遊が魅力的に見えたから、つい」

 と。


 魅力的だから、無意識に撮る。

 魅力的だから、求めてしまう。

 魅力的だから、のめり込む。


 数馬にとって写真とはそういうものだ。


「なるほど……なるほど……。では、先輩、少し歯を食いしばって下さいね?」

 この言葉と同時に、千尋は右手を大きく振りかぶり、

「怒らないはずでは!?」

「怒らないとは言いましたが、お仕置きをしないとは言ってません!!」

 数馬の指摘を無視し、そのまま右手を彼の左頬に炸裂させる。


 その時の少女の表情は不思議と、嬉しそうにも見えなくなかった。

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