第8話 無言のシャッター

 無言で切られ続けるカメラのシャッター。そのレンズの先にはブラウスが捲られた事によって無防備になった美しき少女の腹。


(やっぱり、一香のお腹周りはいつ見ても素晴らしいな……。軽く浮き出ている腹筋に、キュッと引き締まったくびれ……それでいて、女性特有の丸みもある。ずっと、このまま見ていたい……)


 写真部の活動の一環で持ち込みが許されているデジカメで、ただひたすらに幼馴染の洗練された腹を余す事なく撮っていく。

 時には近づき、時には離れ。

 更にはズーム、ズームアウトを繰り返し、ありとあらゆる方法で顔色一つ変えずに少女の腹を堪能する数馬。

 それこそ何かに取り憑かれたように。


 先ほどまでの欲望が行動に漏れ出ていた人物とは思えないが、カメラに欲望を乗せているとなるとあながちありえる話ではあった。


 そんな幼馴染からの熱い視線に晒され続けていた長柄一香が平常心でいられるハズも無く、

(ううっ、やっぱり恥ずかしいよぉ……っ! こんなの誰かに見られたらどうするのさぁ……!!)

 絶賛紅潮中である。


 それでも無言でひたすらにカメラのシャッターを真顔の状態で切り続ける数馬。

 次々に黒髪ショートボブ美少女の恥ずかしげな写真が健全な青少年のカメラに保存されていく。


 捲られたブラウスからチラリと見える、やや腹筋の割れたお腹。

 そこにはかとなく見られる女性特有の体の丸み。

 そして剣道部の活動中に出来たと見られる脇腹に残る打痣。

 極めつけに紅潮しきった美少女の恥ずかし顔。


 魅了されない理由があるだろうか。いや無い!!!

 そんな麻薬にも似た魅力に今回も取り込まれようとしている幼馴染に、一香は恐怖を覚えたのだろうか、ブラウスから手を離しそのまま慌てた声で数馬に呼び掛ける。


「ね、ねぇ……。ねぇってば! もういいでしょ!? お昼休み終わっちゃうよ!!?」

「あ、あぁ……すまん。夢中になってた……」

「だと思った。全く微動だにしないんだもの、怖いわよ」

「心配かけたな。ごめん、一香」

「分かればいいのよ、分かれば。また倒れられたら困るしね」

 あからさまにひどい汗をかいていながらも意外と元気そうな数馬の様子に、一香は心の底から安堵していた。


(良かった、今回は数馬が倒れる前に止められた……)


 数馬との撮影終わりのこのやり取りも、決して初めての事では無い。

 自分の欲望をうまく制御出来ない彼にとって、一香はある種のストッパーなのだ。

 それこそ、自分の中で止め時を見出せない数馬にとって、一香は命綱も同然。

 故に、数馬は一香を信頼し、一香は数馬を心配する。


 しかし、倒れるかも知れなかった事態の後だというのに、当の本人である数馬はと言えば

「けど、一香のお陰でいいものが撮れたよ。ありがとな」

 カメラに保存された写真に夢中であった。

 魅力的な写真ではあるが、もう少し自分を大切にする事を覚えて欲しいものだ。

 だが、一香にとって、こんな彼もいつもの幼馴染。

「はいはい、どういたしまして。しばらくそれで我慢できそう?」

「あぁ、もちろんだ」

「ならよかった」

 手慣れたように、数馬の言葉を捌くと手早くブラウスのボタンを付け直す一香。

 それに倣って、数馬もデジカメを専用ケースにしまってそのままポケットへとしまう。


 やがて、一通りの後片付けが終わると、いつものように数馬が一香に頭を下げる。

「いつもゴメンな」

「いいよ別に、謝んなくても。こんな事、私しか出来ないんだし」

 数馬の言動に、一香もまたいつもの言葉を返す。

「それはそうだけどさ……いつまでもこんな事してられないし……」


 いつものやりとり、いつもの返し。そんな何も変わらない状況を良しとしていない事を分かっている様子の数馬。

 そして、それでも現状、変われていない事も事実。

 しかしながら、少しずつでも変わろうとしている姿勢の幼馴染の様子に、一香の顔に喜色が現れる。

「分かってんならそれでヨシ! 言っとくけど、私だから許してるんだからね? そこんところ、勘違いしないように!!」

「分かってるって。いつも感謝してるよ」

「ならいいけどさ〜〜」

「お、おう」

 言葉とは裏腹に、上機嫌な一香。彼女が上機嫌な理由がイマイチ飲み込めない数馬はどこか煮え切らない言葉を絞り出すが、それ以降の会話は特に無かった。


 その後、各々バラバラで校舎裏から離れていく事になった二人。

 隠れて秘密のやりとりをしていた事を悟らせない為の対策である。


 しかし、今回は……今回ばかりは運悪くも一人の生徒に去り際を見られてしまう。

 美しい銀の髪を持つ、三年生の女子生徒に。



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