異界結晶の不適性者~適性がなかった俺は『それ』を取り込む~

碧葉ゆう

プロローグ

第1話:プロローグ

 □プロローグ□

「お前に適正は無い。一家の恥晒しめ! 無能は家にいろ」


 父の暴言が悠里ゆうりの頭の中にフラッシュバックする。

 それを思い出して悠里は表情を暗くするが実際はそんな事に落ち込んでいる状況ではない。


「うわあぁぁぁ!」


 大きな爆発に巻き込まれ吹き飛ばされた悠里ゆうりは宙を舞う『それ』に、殆ど無意識的に手を伸ばしとゆっくりと掴んだ。


 目の前には悠里と同い年くらいの一人の少女が悠里の顔を睨みつけたまま立っている。

 彼女の目は透き通ったガラスのように綺麗な蒼色。すっと通った鼻筋と新雪のように白い肌。

 腰まで流れた長い髪は紅色と言うほど深くなく、強いて近い色を探すなら桃色だろう。

 実際少女は並外れて整った容姿の持ち主だった。


 しかし今現在、彼女の整った顔は怒りに歪んでいる。今悠里を見つめている目が怒り以外のものであれば悠里ならずとも目を奪われていただろう。


 ふと悠里は手に掴んだ何かに目をやると、そこには戦闘によって所々焼け焦げたピンクのリボンだった。


 可愛らしい手縫いの刺繍で名前が入っている事から察するに、おそらく既製品ではない。それほど新しくもないらしく繕い直した跡もある。

 と、戦闘中によそ見をしていた悠里は目の前の女の子が怒りに肩を震わせていることに気が付いた悠里はリボンをポケットに押し込んだ。


「さて、この変態。そろそろ観念しろ。堂々と女子更衣室に侵入したわりには、随分な逃げ腰じゃないか。さっきまでの威勢の良さはどうしたんだ?」


 怒りに満ちた彼女の声は鈴のように透き通り可憐で、しかし一方で強烈な強い意志を感じさせる声。


 しかしそんな事に意識を向けている場合ではない。

 悠里はこの都市──学園都市。新明館学園に入り込んだ侵入者なのだから。


 取り敢えず目の前の女子生徒は俺が侵入者と気が付いていない様子だから何とか誤魔化さないと、と思った悠里は必死に誤魔化そうと口を動かす。


「ま、待ってよ。確かに君の下着姿を見たのは悪いと思ってるよ。で、でも悪気は無かったんだ。部屋から悲鳴が聞こえたからつい……」

「つい、で女子更衣室に入る人間がいるわけがないだろう!」

「た、確かにその通りだけど、ほらこの学校の標識ってRION《OS》の視覚サポートありきのモノでしょ。だから……ほら気が付かなかったんだよ」


 この学園は携帯端末による疑似ARレンズによって壁の装飾から内装まですべてをテクスチャで覆っている。よって携帯端末を持っていなければこの学園の内装はかなり質素な白色だ。

 と、言っても携帯端末の普及率は全世界で99%なので少なくともこの学園で教室の場所が分からなくなるという生徒はいない。


 悠里の事を睨みつける女子生徒の目が怪しく光る。思わず悠里はポケットに入っている携帯端末を手で隠した。


「お前、魔道士メイジなのか? しかし学園の規則で携帯端末は身につけていないといけない規則になっているだろう? どうして付けていないんだ?」

「あっ……いや。えっと。その……」


 何とか弁解しようとしたがまともな言い訳が思いつかない。

 とりあえず誤魔化す為に後頭部を掻いてみたけれど、女子生徒の目はより疑心に満ちたモノに変化した。


「……ん? お前制服はどうした。いや、待てその制服、異界防衛軍ヘクトルのものだな。どうして軍人が学校に入って来ているんだ。許可は得たのか? 何が目的だ?」

「い、いやー。なんだろうね」


「ほう。なるほどなるほど。お前は軍の命令を受けてこの学校に侵入してきた変態スパイと言う事だな」

「ち、ちが……」

「……私は曲がったことが大嫌いなんだ! お前がスパイという事なら容赦する必要もない。では──くたばれ」


 少女の真剣で強い信念の籠もった瞳に火が付いた。

 次の瞬間、人影が一切ない無人の廊下の空気が一変する。

 少女を中心に神応素マナが集まり、少女の星応力エーテルが爆発的に高まり空気が振動する。


 そして先程、悠里を吹き飛ばした攻撃とは比較にならない指向性を持たされた星応力エーテルが元素を変換し、通常の物理法則では不可能な事象を呼び起こす。


(これはまずい!)


「──燃やし尽くせ、火炎の爆焔虎エクスプロージョン


 その途端、少女の前に灼熱の焔を纏う虎が出現し、悠里に向かって襲いかかってきた。


「くっ。ごめん」


 少女の耳に悠里の声が届いた次の瞬間、校舎全体を震わせるほどの振動と熱が悠里を襲った。

 そして爆炎と火の粉が降り注ぐ中、目を凝らした少女視界には悠里の姿は跡形も無かった。


「ば、馬鹿な! 異界世代デミステラの人間があんな攻撃で跡形も無くなるなんておかしい!」


 異界世代デミステラの少年少女は神応素マナとの適合によって驚異的な身体能力を保有している──先程の攻撃ごときで体がバラバラになるような軟な存在では無いのだ。


「何処に行った! 卑怯者! 出てこい!」


 と、辺りを警戒しながら少女は声をあげ、そして先程まで悠里が立っていた場所に落ちている何かの破片を見つけた。


「何だこれは……トロンコア──の破片? どういう事だ?」


      ***

 少女が地面に落ちたガラス片のような欠片を見つけ困惑しているその頃。


「あ、危なかった」


 悠里は安全地帯まで避難し溜息を付いていた。


「残りのトロンコアは三つ。支給品だしあんまり消耗したくないなぁ。それにしてもまだ見習いのはずの学園都市に居る魔女(ウィッチ)があんなに強いなんて……」


 今いる新明館学園をはじめ、この学園都市に存在する5つの学園の生徒の大半が《異界世代デミステラ》だ。

 しかし体内にある星応力エーテルを手足を扱うように自由自在に体外に放出することができる特異な存在である《魔女(ウィッチ)》や《魔道士メイジ》はかなり稀有な存在だ。


 そしてそんな《魔女ウィッチ》や《魔道士(メイジ)》に通常の《異界世代(デミステラ)》が対抗する為に開発されたのがトロンコアだ。トロンコアは身体強化しかできない通常の《異界世代デミステラ》の為に開発された戦闘補助が主な使用用途の球状のクリスタルだ。

 

 剣などの武器にトロンコアをはめ込めば、たちまちその剣は、《異界世代デミステラ》の体から星応力エーテルを吸い出し現実離れした強度を付与できる。


 旧時代の終わりにはトロンコアの初期型と鉄の剣などを強引に縛り付けた武器が出回っていたらしいが今現在はトロンコアに最適化された神装武装シューレなどが出回っている。


 神装武装シューレの登場によりトロンコアは武器の強度強化だけではなく、一部のトロンコアからは特殊能力を引き出せるようになった。


「ともかく……早く例のコアを奪おう。現在地は地下一階だから地下五階まで降りるエレベーターを探さないと」


 悠里は出来るだけ足音を立てないように気を付けながら軽やかな動きで通路を走り、しばらくして大きなエレベーターを見つけた。


「あった。……生体認証か。仕方ない。壊そう」


 悠里は体に忍ばせていたトロンコアの一つを取り出し、更に短い棒状の機械を腰から抜き取った。片手で握るのがちょうどいい大きさだが、先端にはポッカリと穴が空いている。

 神装武装シューレの発動体だ。


「ごめん」


 ポツリと悠里は何かに謝罪をすると手にした神装武装シューレを起動させた。トロンコアが無い神装武装シューレから「鍔」と鋭角で機械的な刀身が出現した。


 刀身の長さは位置メートル程度、トロンコアの嵌めていない神装武装シューレではあるが、軍用の為そこら辺のトロンコア付きの神装武装シューレより強度が高い特別製の神装武装(シューレ)だ。


 更に悠里は左手に握っていたトロンコアを強く握り込み瞑想をする。

 直後、トロンコアは粉々に砕け、悠里の体には先程の少女を軽く凌駕する星応力エーテルが纏わりついた。


「はっ!」


 悠里の全身から溢れ出した星応力エーテル神装武装シューレに流れ込み、そのまま悠里の振った剣からエネルギーが放たれエレベーターの扉に激しくぶつかった。

 激しい爆発音と立ち上がった煙が落ち着くとエレベーターの扉は見る影も無いほどぐちゃぐちゃになっていた。


「よし。行こう」


 悠里はそのままポッカリと穴の空いたエレベーターシャフトを飛び降りた。ビルの五階程の高さを飛び降りた悠里は平然と地面に着地すると、再びトロンコアを消費してエレベーターの扉を破壊した。


「よし、順調だね。進もう」


 悠里は衝撃波で変形した扉をくぐり、新明館学園の最深部への侵入を果たした。

 今回悠里が受けた指令は新明館学園の最奥に保存されている今は機密保持がかかっているトロンコアの元となった《プロトタイプコア》を奪取することだ。

 しかしこの階層は妙に暗い。


「えーと。ライトは何処にあったっけな」


 悠里はレッグポーチから懐中電灯を取り出すと通路の奥を照らしてみた。

 そして懐中電灯が照らした先を見て悠里は絶句してしまう。


「なっ……君は……ここの警備員かな?」


 悠里の照らす懐中電灯の先にはブロンドの髪を背中くらいまで流した女子生徒が不気味に目を光らせ、神装武装シューレの槍を構え立ちふさがっていた。


「ふふっ。それは初めから貴方が来ることを知っていたからですよ。天久悠里(あまひさゆうり)さん」


(情報が漏れていた? そんな馬鹿な。それに本名まで知られている。どうして)


 悠里の困惑を読み取ったのか少女は口に手を当てクスクスと笑う。


「ふふっ。簡単ですよ。私は全てを知っているからです。とりあえず天久さん。貴方を捕縛します。存分に抵抗なさってください」

「くっ。やるしかないのか」

「ええ。それが良いですよ。そうでないとすぐに終わってしまいますので」


 悠里は今まで何度も危険な修羅場を超えてきた。全身筋肉の塊の人間から多種多様な攻撃をしてくる魔道士メイジ、はたまた何人もの人間を食い殺した魔物まで……。

 しかし、そのどんな相手より目の前に立っている細身の女の子の方が威圧があり、全く油断ができない。


空間歪曲テレポート


 少女が槍を水平に薙ぎ払った直後、少女の槍から放たれた斬撃が空間の繋がりを無視して悠里の背後から出現した。


「くっ!」


 悠里は即座に振り向くと剣を縦にして何とか鋭く突かれた攻撃を受け流したが、衝撃で大きく跳ね飛ばされた。かろうじて受け身は取ったものの、かなり集中力を削がれた。


「今の攻撃をよく受け止めましたね。ではまだまだいきますよ」


 そして少女の猛攻撃が始まった。

 悠里は全方向警戒しなくてはいけないのに対し、目の前の少女はただ槍を突くだけで悠里を追い詰める事ができる。


 次第に悠里は見るからに疲弊していき、悠里の手に握られていた神装武装シューレも耐久の限界を超えヒビが入っていく。

 ──しかし、少女は強い違和感を覚えていた。それがなんなのか分からない。ただ、何かがおかしいことだけは分かる。


 今現在圧倒的な差をつけ少女が有利な状況かもしれないが、何処か手応えが薄いのだ。どんなに視覚外から攻撃を加えても悠里はギリギリとはいえ、全て少女の攻撃を受け止めているのである。


 全てを知っていると豪語した女子生徒は《未知》と遭遇して少し訝しく感じると同時に、少しだけ悠里に興味を抱いた。


 そしてふと、少女の視線が悠里の握った神装武装シューレに向いた。

 その瞬間少女の様子が一変した。


「なっ! どうしてトロンコアを使っていないんですか」


 少女の余裕ぶった態度は何処かに消えいつの間にか彼女の悠里を見る目は得体の知れない物体を見るかのような、少し怯えの入ったモノになっていた。


「ええっと。なんと言うか同居人に嫉妬されるみたいな感じかな。君は全てを知っていると言ったんだから知っているんじゃないかな?」

「い、いえ。知りません」


 悠里は息休めに会話を継続させることにした。すでに体力は限界でここで戦闘を続行すれば悠里の負けは確定してしまうからだ。

 しかしそんな悠里と少女の近くに灼熱の焔を纏ったピンク髪の少女が接近していた。


「──燃やし尽くせ、火炎の爆焔虎エクスプロージョン!」


 凛とした声が悠里の耳に届いた時には既に爆発的な星応力エーテルが形を変え、悠里とブロンド髪の少女に目掛けて飛んできていた。


「危ない!」


 咄嗟に悠里はブロンド髪の少女を庇うと同時に嵐のような灼熱の爆発にその身を焦がされた。


 星応力エーテルは《異界世代デミステラ》の力の根源だ。体内に血液のようにめぐり時には体表をオーラのように包み込むが、それを集中させることで攻撃力同様、防御力も上昇させることができる。


 そんな星応力エーテルを爆発によって大きく剥ぎ取られた悠里は愛剣である神装武装シューレが砕ける姿を横目に見ながら、地面に激しく体を打ち付け意識を手放した。


 □プロローグ終了□

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