第20話 不思議な後輩とクリスマス③





12月のデパートは大賑わいだ。


なんたって師走なのだ。新年を控えた人々は備蓄を蓄えるために、新しい年へと飛び立つために準備を始める。


所々で行われる忘年会では過去の精算に勤しむ人もいれば未来への希望に耽る人もいるだろう。


だかしかし、何はともあれクリスマスである。大晦日、元旦気分を味わうにまだ早い。


日本中のデパートで恋人、あるいは恋人未満友達以上の若人たちが強かに準備を始める。それがクリスマスというイベントなのだ。


そんなわけでここにも二人。クリスマスに浮かれるデパートのなか、服屋の前で向かい合う乙女がいた。


「それで私を呼んだの?」


「そうよ。」


私と、宮前沙織である。


「自分で選びなさいよ、服くらい。」


「で、できたらやってるし!」


なぜ犬猿の仲である私と宮前がデパートで仲良くショッピングしているのかというと、単純な話だ。


私にはファッションセンスがないのだ。現に今日だって私が着ているのは小学五年生の時に買ったくまちゃんのセーターである。流石にこのファッションがおかしいのは私にもわかる。皆がチラチラと私を見ているからだ。


「それにしてもあんた本当にその服でここまで来たの?」


「しょ、しょうがないでしょ!いつも制服しか着ないし…背も伸びなかったから、服がないの!」


「あー、あんた幼児体型だもんね。」


「なっ!?」


確かに私は小さい。先輩と歩く時だって、先輩が大柄なことも相まってどうしても身長差が生まれてしまう。


だからって幼児体型というわけではない。出るとこは出ているし、引っ込むところは引っ込んでいるはずだ。


服を新調しなかったのも服のサイズがダボダボだったからだ。決して幼児体型ではない…はず…。


「さ、誘うんじゃなかった…。」


「あら、私以外にコーディネートを頼める人なんていないでしょう。」


「いるもん!お母さんが!」


「その服を買ったのは?」


「……お、お母さん。」


お母さんにコーディネートを頼んだらまたくまちゃんコーデにされてしまうだろう。先輩は果たしてくまちゃん模様は好きだろうか?


「はぁ…わかったわよ。私が見繕ってあげるから。さぁ、行くわよ。」


「ちょ、ちょっと!」



私たちは色彩鮮やかな布立ち並ぶ服屋へと飛び込んだ。







「こ、これがオシャレ…」


洋服店で宮前に服を見繕ってもらったあと、私はトイレのなかで着飾られた新鮮な私を見つめていた。


鏡の前で腕を上げてみたり腰を回してみたり、色々な私を点検するように見ていく。


「あんた元がいいからやっぱり似合うわね。気に食わないけどかわいいわよ。」


「………」


「どうしたの?」


「オシャレって高い…。」


「あ、あんたねぇ…。」


今までお母さんが買ってきてくれてたから、自分で買い物すること自体初めてだった。だから私は服がこんなに高いってことを知らなかったのだ。


いつも当たり前のように着ている服もあんなに高いのだろうか?だとしたらもう迂闊に汚せないではないか。


「そんなに汚すのが心配ならわざわざ着て帰るなんて言わなければよかったのに。」


「せ、せっかく買ったんだから着てたかったの!」


「子供か。」


「………」


子供でもいい。私は少しでも多くかわいくなった自分を見ていたかったのだ。ちゃんとかわいいだろうか?ていうか先輩は気に入ってくれるだろうか?


少なくともダサくはないと思うが…。


「いつまで自分のこと見てんのナルシスト。」


「!」


「カフェにでも行きましょ、お腹も空いたし。」


「あ、うん…。」


トイレから出ると、そこはクリスマスに浮かれた人たちの群れのなかだった。


やはり人混みは苦手だ、パーソナルスペースに人が入ってくるのも嫌だし、なによりも視線を感じてしまう。


「ねぇ。」


「え?」


少しだけ肩身の狭い思いをしながら歩いていると、前を歩いていた宮前が話しかけてきた。


「あんたってあの先輩のどこが好きなの?」


「!」


恋話というやつだろうか?宮前の顔は見えないが、恋話をするようなフレンドリーな態度ではない気がする。


「い、いっぱいあるから言えない。」


「は?いいから言いなさいよ。」


「……一緒にいて息苦しくないところ、誰よりも優しいところ、少しだけ鈍感なところ、完璧ではないところ、一緒にいてドキドキさせてくれるとこ」


「も、もういいわ。」


「そう…。」


「じゃあさ、あんた。」


「?」


宮前が振り返った。その顔はやはり真剣な様子で、私は何が言いたいのかと彼女をじっと見つめた。


「春澤澄歌って知ってる?」


彼女が告げたのは、私の知らない女の人の名前だった。







冬の海は思っていたよりもずっと寒く、マフラーもコートも手袋も、カイロだって持ってきたのにそれでも凍えそうになった。


僕は歯を震わせながら冬の海沿いを歩いていく。目的地はあの海小屋だ。


刺すような寒さをもたらす風に耐えながら、ギシギシと鳴るその古びた扉を開く。

 

ストーブをつけようと腰をかがめたが、長居するつもりではなかったのでやめた。


二脚あるうちの一脚に腰を下ろし、道中で買った缶コーヒーを開けた。その香ばしい香りが小屋中に行き渡る。



「僕はダメだな…あんたを忘れようと思ってるはずなんだけど、やっぱりここに来てしまう。」


薄れ、変わりゆく時のなかで、唯一彼女との思い出だけが未だ僕の中に燻っている。


「この缶コーヒーだって、何気なくボタンを押したつもりなのに気づけばあんたの好きだったものが出てきたんだ。この匂いも今はひどく懐かしいよ。」


コーヒーは苦手だったはずなのに、彼女が毎日美味しそうに飲むからいつのまにか僕も飲むようになっていた。もっとも彼女にフラれてから今まで飲んでいなかったが。


「このあいださ、例の後輩にクリスマスデート誘われちゃったんだ。前話しただろ?後輩のこと。あまりにも切羽詰まった様子で言うからokしちゃったよ。」


この海小屋にはシーグラスや流木などの漂流物の他に、たくさんの写真が飾ってある。全部僕と先輩で撮った写真だ。そのほとんどが青写真なのは彼女がその方が綺麗だと言ったからだ。


青写真には未来の構想という意味もあるらしいが、皮肉なものである。僕の未来に彼女の姿はないのだから。


今頃は彼女も、遠いどこかで楽しくやっているだろう。


一枚の写真が目に入った。


気になって手に取ってみると、それは春澤澄歌と行ったクリスマスデートの写真だった。


「あんたと行ったクリスマスデートも、誘ったのはあんただったよな……誘われてばっかだな僕は。」


少しだけ男として情けないなと思いながらも僕は笑いながら青写真を眺める。


イルミネーションを背景に二人で撮った写真だ。カラフルで綺麗なイルミネーションをわざわざ青写真にしてしまった先輩に、当時の僕は閉口した。


実を言うとこれが初めてのツーショット写真だった。彼女も僕も風景を撮ってばかりだったのだ。



そういえば、クリスマスのイルミネーションを見て春澤澄歌が何か言っていたのを覚えている。



「…………あれ?」


彼女の思い出は未だ僕の胸の中にある。それでもやはり薄れゆかないものはないらしい。


「あのとき先輩…なんて言ったんだっけ?」




冬の冷たい風が小屋の扉を鳴らすまで、僕はその青写真をただただ眺め続けていた。

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