転がる石①

 誰もいない街道。移動手段は当然歩きだ。


『どこへ行くつもりなのだ』


「北に一日ぐらい歩いたらここよりちょっと小さい街があるんだ。とりあえずそこに向かってから、遠くへ行こうと思う。この街の近辺じゃ絡まれそうで嫌だしさ」


『遠くへ行って、何をする気だ』


「……なあんにも考えてねえ、実は」


 自分の無鉄砲さ加減に少し笑う。


「ふらふらしてえ、遊んでえ、好きな人とか作ってえ、結婚とかしてえような……したくないような。わからん、正直。行き当たりばったりやね」


『無計画な奴だ』


「計画とか立てられる真面まともな頭してる奴が、こんなガキの家出みたいなことする訳ねえじゃん」


 ぼくは凡庸な刹那主義者でしかない。所詮は飯食って酒飲んでセックスするだけの人間様なのだ。


『そうか……もはや何も言うまい。貴様のくだらない退廃生活が終わるまで今しばらく黙っていよう』


「黙るなよ、喋ろうぜ。せっかくの道連れなんだから。結構お前と喋るの楽しいんだよ」


『……気が向けばな』


 アクマはそれきり黙ってしまった。しょうがないのでぼくは好きな歌を歌いながら月光を頼りに歩く。ザ・ワールドイズマインって気分だった。世界一番自由な気持ちだ。


 それからどれくらい歩いたろう。喉が枯れかけて鼻歌に変わっていた頃だ。


「……あれ」


 平然と続く街道で、血の臭いがした。辺りはまだ真っ暗闇で、二十メートル先も見えない。どこかで誰かが……? 好奇心が湧いた。

 手探りで辺りを探し回る。少し道を外れ、草むらの中に入る。草葉に押し入ると、そこに乱雑に隠された死体を見つけた。


「ありゃりゃ……」


 パンタロンを履いた中肉中背の男だった。死んでからそんなに時間は経ってないだろう。こんな時間に何してたんだろう。改めることにする。

 格好はそう貧相って訳でもない。だからって貴族って訳でもない、当たり前だ。ポッケの中の袋にはそれなりの金があった。商人だったのかな。


『つい昼間まで勇者だった奴が死体漁りとはな……世も末だ』


「ぼくが勇者とか言われてた時点で終わってるだろ、とっくに」


 思わぬ臨時収入に感謝し、十字を切る。せめてもの慰めだ。

 さて、さっさと旅路に戻ろうといった時、


『その死体、なんだったんだろうな』


 アクマが珍しく話題を持ちかけてきた。


『こんな時間に街道を通る馬鹿はそうはいない』


「うーん、商人っぽいからなんか運ぶ道中だったんじゃない?」


『なら昼に運べばいいだろう。それに、首をよく見てみろ』


 頚動脈けいどうみゃくに一本の赤い線が入っていて、首回りの地面が汚れている。よく見ると、それ以外の外傷は無い。


「切ったのか。結構な腕前で……」


『剣で切ったのか……それとも、だな』


「剣じゃなかったらなんだよ」


『切り方が綺麗過ぎる。剣では中々そうはいかんだろう。これがもし、どこぞの魔法士がやったことだったら、少し面白い。頚動脈だけを狙うのは熟練の魔法士がよくやることだ。奴らは貴様が一生懸命作り上げた火の玉のたった数分の一のオドで血管だけを切り裂き絶命させる。戦場でわずかなオドで何十何百人を殺すための技術だ』


 くふふ。アクマは少し笑う。


『この近辺にこれほど見事に殺人に特化した魔法を練り上げた戦闘魔法士が居るということになる。貴様では到底敵わない、な』


 言うじゃん。一応これでも自分勇者やってたんすけどねえ。


『これほどの腕の魔法士は『大陸』中探してもそうは居ない。それに、貴様は我輩と契約して魔法を使うことができなくなった。魔法による全ての身体攻撃に対する防御を捨ててしまったということだ。魔法士にとっては最高のカモだな。『魔法士殺し』ならぬ、『魔法士生かし』、だな』


 アクマはとうとう声を出して笑った。どうもこいつは人を馬鹿にする時に一番機嫌が良くなるらしい。気ぃ合うじゃん。


『まあせいぜい気をつけることだな』


「ま、別にそいつと喧嘩しようって訳じゃ無いしね。ラブアンドピースで行こうよ」


 そんな軽口を叩いて旅路に戻ろうとする。しかし、やっぱりこの殺人の真意は少し気になった。どうしてこの人は殺されたんだろう。金は残ってたから物盗りって訳じゃ無い。何か面白い事情があるのかも。

 そんな訳ないと思いつつ、ぼくはちらちらと他に物証がないか探しながら歩き出した。



***



 だからだろうか。


「あれ……」


 迷った。


 どこかにあの商人が乗っていた移動手段がないだろうかと馬車とか乗り捨てられた馬を探して、ちょっと林に足を運びすぎてしまった。気がつけば、周りに緑以外見えない場所まで来てしまった。


『貴様は少し……迂闊うかつに過ぎるな』


 アクマから呆れを帯びたお言葉を頂いた。


『こんな夜半に街を出るわ、ふらふら気をやって森を彷徨うわ……』


「……まあぼくってブルジョワジーな育ちだから、さ」


 言ってみるも、捨てた生活になんの意味もない。


「今日はもう野宿かな……」


『夜行性の生き物にやられんことだな』


 こいつまあまあ優しいな。


 寝床を探すには暗すぎたのでとりあえず近くの木の上によじ登って太い幹に毛布を敷いて横になることにした。どうでもいいことにはとことん呑気になれる性格で良かったとしみじみ思った。


 翌朝。

 夏の森だから寝てる間にいっぱい虫にやられちゃうだろうなと思っていたけど、意外に爽やかな目覚めだった。


 さて道を探すかと腰を上げたが周りはやっぱり緑しかない。こういう時は北を探すんだったけな……北ってどっちだ? 空を見上げるが、北極星は見えなかった。


 …………


「あれ?」


 遭難した?


 アクマから無言の辟易へきえきを感じた。

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