第10話 皇女は魔法剣士ソロンをすがるように見つめた

 フィリアは封を切った手紙の中身をこちらに見せた。

 そこにはこう書かれていた。


「メイドのクラリスは預かった。その命が惜しければ、皇女フィリア一人で取り返しに来い」

 

 その後に、クラリスが監禁されているという場所が書かれていた。

 俺はしばらくそれを眺めた。

 いわゆる脅迫状、というやつだ。

 俺はこういう脅しは何度も経験したことがあるけれど、それは俺が冒険者だったからだ。

 他の冒険者との諍いとか、旅先の村人の揉め事に巻き込まれたりとか、そういうことは珍しくなかった。


 けれど、同じような脅迫状を14歳の皇女が受け取るというのはどう考えても、普通じゃない。

 しかも、脅迫者はすでに皇女のメイドを捕らえているという。


「どうしてこんなことに……」


 フィリアは小声でつぶやいた。

俺はそれに答えた。


「皇女一人で来い、ということは相手の狙いはフィリア様の身柄ということでしょう」


「うん。わたしを直接狙うのは難しいから、クラリスを代わりに人質にとったってことだよね」


「そのとおりだと思います」


「わたしのせいでクラリスが……危ない目にあっているってことだよね」

 

 皇女は思いつめた顔をして言った。

 敵がどんな人間かは知らないが、こうなった以上、クラリスが何の危害も加えられていない保証はない。

 でも、どちらにしても、悪いのはフィリアではなく、クラリスをさらった人間だ。

 俺はフィリアに尋ねた。


「フィリア様には自分が狙われる理由に、なにか心当たりはありますか?」


「あるよ。あるけど……」


 フィリアの表情にさらに暗い影がさした。

 話せない、ということだろう。

皇女にそんな後ろめたそうな顔をさせるのは、俺の本意じゃない。

 俺は話を切り替えた。

 

「早いところ、皇宮の衛兵に相談してしまいましょう」


「でも、手紙の相手は、わたしが一人で来ないとダメだって言ってるよ?」


 俺は首を横に振った。

 そんな提案に乗ることはできない。 


「フィリア様が一人で行っても、クラリスさんを助けられません。フィリア様もクラリスさんも、一緒に敵に捕まってしまうだけですよ」


「でも……衛兵を頼るのはダメ」


 どうしてですか、と聞こうとして、俺は理由に思い当たった。

 皇宮に住み込みのメイドを誘拐するなら、誰が有利か。

 同じ宮廷のなかに入り込んでいる人間だ。

 皇女の弱みになりうるほど、フィリアとクラリスが親しいということも、宮廷のなかの人間じゃないとわからないだろう。

 そして、皇女であるフィリアの敵もまた、皇宮のなかの人間である可能性が高い。


 フィリアは言った。

 

「この皇宮のなかにいる人はね、誰も信用できないの。誰が味方で、誰が敵なのか、わたしにはぜんぜんわかんない」


 帝国公式のルートを使って、衛兵を動かせば、相手に筒抜けになる可能性が高い。

 そのときには、相手は確実にクラリスの命を奪い、どこかへ逃げてしまうだろう。

 皇女単身で来い、というのは意外と現実的な要求なのだ。


「フィリア様。誰か確実に信用できる人はいませんか?」


「わたしが信頼しているのはクラリスだけ」


 しかし、そのクラリスはいない。

 弱った。

 以前なら、俺は聖ソフィア騎士団の帝都支部の人間たちを指揮して、事態に対処することもできた。

 帝国勅許を得た騎士団は一定の警察権すらもっている。

 けれど、俺は追放された身。

 その手段は使えない。


 俺の師匠のルーシィ先生を頼るというのも手かもしれない。

 皇女とどの程度ルーシィが親しいのかは知らないけれど、ともかくフィリアに俺を紹介した張本人でもある。

 けれど。

 思い出した。

 ルーシィは昨日から帝国南部へ調査に出張だ。

 すぐに連絡をとるのは絶望的だった。


「どうしますか? 諦める、という選択肢もありますよ」


 俺は静かに言った。

 フィリアは皇女。クラリスはメイド。

 立場があまりに違うし、皇女がただの侍女のために命をかける理由はない。

 むしろ、クラリスのことを見捨てて当然だ。

 でも、フィリアは首を横に振った。


「クラリスはね、わたしにとってはお姉さんみたいなものなの」

「クラリスさんのこと、大切なんですね」

「うん。ずっとそばにいて、わたしのことを気にかけてくれる。たった一人の大切な家族。でも……」


 その唯一無二の大切な存在すら、いまの皇女の力では守ることはできない。

俺は言った。


「フィリア様は力がほしくて俺を家庭教師にしようとしたんですね」


「うん。わたしは無力な自分が嫌い」


「フィリア様は強くなれますよ。ですから、今日のところは俺にお任せください」


「え?」


 結局のところ、フィリアとクラリスを助けられるのは、今、この場には俺しかいない。

 敵が何者かも、フィリアが狙われている理由もわからない。

 けれど、放って置くわけにはいかなかった。


「フィリア様。俺を信用できますか?」


「わたしはあなたを師匠とするって言ってるんだよ? 信用しないわけないよ」


「俺は今日会ったばかりの人間ですよ」


「でも、あなたは英雄の魔法剣士ソロンだから。それにクラリスを山賊から助けてくれたんだもの」

 

 フィリアはためらいなく言い切った。

 そして、すがるような瞳で、フィリアは俺を上目遣いに見た。


「ねえ、ソロンはわたしを、クラリスを救ってくれるの?」


 フィリアもクラリスも、魔法剣士ソロンを尊敬していると言った。

 それなら、その期待に俺は応える義務がある。

 たとえ、俺が本当は尊敬に値する人間などではないとしても。

 俺は言った。


「俺はフィリア様の臣下で、そして師匠となるんです。臣下は主君をお守りするものですし、師匠は弟子を導くものです。さあ、フィリア様、暗い顔をしないでください。クラリスさんもきっと同じことを言うはずです」


 俺はそっとフィリアの肩に手をおいた。

 フィリアは驚いた様子で俺を見上げ、それから少し顔を赤くした。

 そして、ぎこちないながらも笑顔を浮かべた。

 俺はうなずいた。


「さて、さっさとクラリスさんを助けに行きましょう。戦いの基本は『兵は拙速を尊ぶ』です」


 【あとがき】

追放されたテイマーの復讐譚『追放された俺は、勇者のヒロインたちを寝取って性奴隷にすることにしました ~美少女の処女を奪うことでレベルアップするスキルが覚醒し、いつのまにか史上最強のダンジョンマスターに~』も連載しているのでよろしくお願いいたします!


https://kakuyomu.jp/works/16816452220207622726

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