第56話 人外製造流派

 「そういうわけで修行……稽古をつける。」

 「時間の都合もあるし、期間は2週間で出来る限りな。」

 最初にエルが話して次にリュウが続けるスタンスは変わりはない。


 「それが、二つ目の目的のためにも必須になる。というか繋がる。」

 「修行が終わる時に二つ目については話す。今話しても余計な事を考えて集中出来ないだろうしな。」



 「俺達二人いるから1週ずつ交代でいこうか。ここにいる他の子達もまとめて稽古をつけよう。」

 「それが良いな。頼れる仲間は多いに越したことはない。ついでに南方に恩も売れる。」


 振り分けメンバーの組み合わせは国営スポーツで行われているドラフト制というもののように、両師匠が勝手に決めていった。


 そして当人達の意思も当然無視されてそれは決められていた。


 「私には自前のねこみみメイド拳があるのですけどね。脳筋はこれだから……」

 メイまで振り分けられており、呆れたように呟いていた。


☆ ☆ ☆


 「甘い甘い。そんなんじゃお前の父すら超えられんぞぉ。」

 エルの攻撃は常人では見えない。拳と拳の付き合いが延々と続けられている。

 レティシアの聖女らしさはどこかへ置いてきたように見える。

 二人の攻防は、修行のためとスキルに依存した攻撃ではなく、純粋に自らの肉体を鍛えた賜物であった。


 レティシアも稽古の間は聖女という天職や、多彩なスキルには依存してはいない。

 武闘派の一族に生まれた所以か、スキル等で上がった者が身に固着しているか、レティシアもまたエルの速度と重さに反応していた。


 天職やスキルによって向上された能力は、ある一定の経験等によって固着する。そしてそれらステータス的なものはスキルを解除してもそのままである。

 例えるなら、鎧を着て上がった防御力が、鎧を脱いでもそのままの防御力になっていると考えて差し支えない。

 そこでまた同じ鎧を着ると、またその鎧の分防御力があがる。


 修行や経験によって、身について固着するとはそういう事である。


 エルが言うように南方……レオナルドが本気を出せばエルやリュウと三つ巴である。

 その時のコンディション、もちろん年齢も含めてだが、相性もあり誰が一番とは決められない。

 西方が頭いくつも抜けているだけで、三者は均衡している。

 

 「吹っ飛べエロ親父ぃぃぃ!」

 エロ親父とはもちろんエルの事である。

 レティシアと拳を打ち合っているエルに向かって叫んだ言葉だ。


 叫んだのは料理人のユキ。武器の使用は認められていないので全員己の肉体のみである。

 一斉にエルに飛び掛かるが……

 カッと光った一瞬、エルは拳をいなし流れるように腕を逸らすと……


 「むにっ」と身体の一部を揉んでから掌底で弾き飛ばしていく。

 エルはそれを繰り返し全員を屠っていった。 

 

  

 「ぐほっ」

 しかし突如声を上げたのは北方のエル。

 レティシアの《拳》がエルのお腹に突き刺さる。


 「ご、ごうか……く。」

 地面に手をつき、エルはorzの恰好で悶えている。


 「手数の多さと、攻撃をいなすのは北方の基本であり極意。全員及第点をやろう。」

 地面に手を着いた状態で言ってもあまり様にはなっていなかった。


 1週間の修行はあっという間に過ぎていった。

 若返った師匠たちは、以前レティシアに稽古をつけていた時よりもいろいろキレている。

 以前は出来た師匠への一撃は、これだけの人数が隙をついて漸く可能となるレベルだった。




 「では明日からは組を入れ替えて、俺が嬢ちゃん達Aチームを見る番だな。」

 リュウが登場するとにこやかに微笑んだ。

 30代イケオジスマイルだ。

 

 レティシアに心酔していなければ、アトリエの女性陣はこのスマイルにイチコロだったかもしれない。

 リュウの後ろには大の字になって横たわっているBチームの姿があった。


☆ ☆ ☆


 「ユーリ、エル師匠はエロ師匠だから気を付けてね。あちこち触られるから。」

 それでも性器だけには触れないというエロ師匠……もといエルの矜持はある。

 エルが触れるのは基本的には胸か尻であった。触られる方はたまったものではない事に変わりない。

 ただのセクハラである。


 Aチームを稽古していたエロ師匠曰く、「掴めるおっぱいがない。」だった。

 残念だったな、AチームもBチームも掴める程の持ち主はここにはいない……と心の中でレティシアは思っていた。

 それがささやかな反論だった。


 腹いせに股間にぶら下がっている何でも願いを叶えてくれるボールを掴んでやろうと思ったけれど、流石にその隙は存在しなかった。

 尤も最後に腹に一発重い拳を叩き込んだので、とりあえずの満足は得ていた。


 「結局東西南北全て人外なのよねぇ。」

 誰かが呟いていた。しかし、この二人の2週間に渡る稽古を耐えきった面々も、既にその範疇に片足突っ込んでいる事に気付いているのだろうか。

 


 2週間という時間は、始まってしまうとあっという間に過ぎていった。

 

 修行の最後にと、レティシアのみ両師匠との真剣組手が行われた。

 北と東、肉体の若返った二人と互角以上に渡り合えるだけの実力はこの二週間でついていた。

 圧倒こそ出来ないものの、殴り殴られ、蹴り蹴られ、投げては投げられる。

 

 どちらも人外だと、この修行に参加した者達は思っていた。

 レティシアのとんでも魔法やアイテムで強化されたアトリエの面々が修行でレベルアップしたにも関わらず、なお化け物と呼ばれる師匠連中の実力はそれこそとんでもない。

 


 「俺ら二人を相手にして1時間以上戦い続けられるならもう良いだろう。」

 エルがエロを封印して本気で相手をしていた。

 2週間の修行の成果によりレティシアは確実に西方無敵に近付いている。


 抑4つの流派を会得出来ているのは一族においても他にいない。

 今回はいわば復習と言えた。

 尤も以前に教わった時はエルもリュウもお爺さんだったので、若い肉体の現在と比べるのも違うのであるが。


 「じゃぁ汗を流した後に話でもしようか。」


 女性陣は3グループに分かれて入浴を済ませる。

 誰がレティシアと一緒に入るかで30分は揉めたのは別の話であった。



☆ ☆ ☆


 応接室に集まったのはエルとリュウの他にはレティシア、ユーリとメイだった。

 メイはお茶を運んだりとメイド業務も兼ねている。

 他のメンバーは各々好きな事をしている。

 アルテは人形作り、ラフィーは衣装作りと。

 一部SとMの特殊なプレイが激しくなったエロフとオークの夫婦もいるが。


 「まず話しておきたいのは……」

 「老体の時より今の肉体の俺達の方が強い。老齢するまでの間の戦い方も得た上での再びの全盛期なんだからな。」

 エルが話し始めると輪唱のようにリュウが続ける。

 

 「だからこそ、今の俺達に勝てないまでも、手も足も出ないようではお話にならなかった。」

 「故にリハビリとおさらいを兼ねた稽古だった。後は仲間も底上げした方が将来的に良いしな。」


 「俺達を倒したのは……」

 「西方ではない。」


 その言葉に目を見開いて驚いた。

 自分ですら一撃を入れるのがやっとだった。

 天職やスキルの力を使えばどうだったかはわからないが、それでも恐らくは互角が良い所だとレティシアは思っている。


 短時間で二人をあっさり倒してしまえる人物が父でもなく、西方無敵でもないとするならば一体誰だというのだろうか。


 「全身フードの小柄な人物が現れた。小柄とは言ってもレティシア嬢と変わらない背丈くらいだけどな。」

 「奴は開口一番、【お前の能力ちからをいただきにきた。】と言ってきた。弟子入りするには妙な言い回しだった。」


 「俺達の流派を学びに来たというよりは道場破りみたいなもんかと思ったよ。」

 「最近そういった粋がった奴を相手にしてなかったから、つい相手してみたくなったというのはあったさ。」


 「奴は戦いに勝ったら一つだけ言う事を聞いてもらうと言った。」

 「勝てたらなと返したさ。」



 「俺達は戦う前にまず若返えられされた。肉体的ピーク時に勝たねば意味がないと言われてな。」

 それは相手のスキルによるものだと言う。

 スキルによって肉体が若くなり、その分技などの全てが60代のモノよりも冴えるようになるのは当然。

 

 「それでも勝てなかった。西方以外の人外は初めてだった。」


 「問題はその後だ。負けた後俺は……恐らくこいつもそうだが。」

 リュウはエルの顔を一回見てから同意を得るような視線を送った。


 「押し倒されてそのまま……あーうん。強引になんだ……」

 イマイチ歯切れが悪い言い方をするリュウ。


 「つまりはオメ……おいしくいただかれた。もっと端的に言えば強制性交された。房中術みたいなイメージな。」

 「戦ってる時に男ではないなとは思っていたけど。相手は女だったわけだ。」


 「そして何故俺達に挑み、勝った時に一ついう事を聞けと言ったかが分かる。スキル名みたいな天職名だが……」

 「彼女の天職は……」

 一同紅茶を飲む手が止まる。息を飲んで二人の言葉を待っていた。


 【受胎】

 

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