第16話 シアのアトリエ エターナル・オブ・シア

 「いやじゃぁぁぁっぁ、いやじゃぁぁぁぁっぁぁっ。」

 「わかってくれんとい・や・じゃぁぁぁ。」


 唐突な老人口調で駄々を捏ねている中年男性は、このフラベル領領主でありレティシアの父であるレオナルドである。

 なぜ父が駄々を捏ねているのかといえば、単に工房が出来上がった事により、兼用として住居にもなっているためにレティシアはそこへ引っ越すと言ったからである。

 お供には親友であるユーリと金魚のフンのようについてくるラッテ、ねこみみメイドのメイだけである。


 引っ越すと言ってもフラベル家の屋敷から徒歩にして10分程度である。

 その10分も殆どが自身の屋敷が広いから故の時間であった。

 フラベル家の門からは本当に目と鼻の先……とまでは言わないけれど駄々を捏ねて嫌がる距離と時間ではない。


 「こんな体たらくでよく娘を嫁に出す気で許嫁とか組んだよね。」

 第一夫人であるマリアベルはため息交じりに呟いた。


 「本当に、シアだけでなく他の娘だって結婚すれば家を出て行くのに。ショック死か娘ロス死しそうよね。」

 レティシアの母でもある第二夫人リーリエが続いた。

 

 二人共自分達の夫の醜態にやれやれといった表情でその様子を眺めていた。


 「パパン、別に二度と帰ってこないと言ってるわけではありませんし。すぐそこじゃありませんか。」

 「あまり駄々を捏ねると二度とパパンて呼びませんよ、ドタコン拗らせオヤジ(ド―ターコンプレックス)と呼びますよ?」


 「はぁあぁぁうあぁぁぁ、それはそれでアリィイィィィィ。だけどやっぱりパパンが良いぃぃぃ。」

 領主の威厳はどこへやらと、四つん這いで泣きながら叫ぶ父の姿は、領主としての仕事に従事している時や、犯罪者には容赦のない姿からは想像もつかない。

 ある意味では素晴らしき家族愛とも呼べるのだが、娘に対してだけは異常にバカ親……親バカであった。

 理由はともかく特にレティシアに対しては過剰な愛情を示している。


 このレオナルドこそ犯罪者に最も近いのではないかと家族は考えていたりもする。

 主に変質者という意味でだが。


 「とりあえず、明日から工房兼店舗で作業してますので明日からは向こうで生活しますね。心配しなくてもたまに実家にも戻ってきますから。」


 そう言ってレティシア達は自身の部屋へ戻るために食堂を出て行く。

 後に残ったのはレオナルド、二人の夫人、レティシア以外の子供達であった。

 


 「なぁ。マリー、エリー。もう一人ずつ娘を……」

 「良いですけど、20年もしないうちに同じような光景になるのが目に見えてますよ。」

 良いんかいと、少し離れた位置に控える使用人達は心の中でツッコミを入れていた。

 マリーというのはマリアベルの愛称、エリーというのはリーリエの愛称である。

 甘えたい時には特に愛称呼びとなる事が多いレオナルドである。


 「じゃぁ久しぶりに3人で!」

 「仕方ありませんね。」

 

 「ハッスルハッスルー!」

 40代前半のレオナルド、30代の奥方2人。子を成すにはまだまだ現役だった。


 翌朝のレオナルドの寝室を清掃する使用人が地獄だった事だけは確実だった。



☆ ☆ ☆


 「それで、商品は決めてあるのですか?」

 ユーリはがらんとした棚を見つめてレティシアに尋ねる。

 心配ない任せてよという眼差しでレティシアは空間収納に手を突っ込んだ。


 「工房が出来上がるまでの数日、遊んでたわけではないからね。」


 「やっぱりシアはそういう口調が似合ってますよ。」

 

 「むむー。私達置いてきぼり感が半端ないです。」

 メイとラッテは一歩踏み出せず準備を始める二人を眺めていた。


 レティシアの空間収納から取り出された商品は次々に棚に収納されていく。

 主にポーション類だった。


 魔法が発達しているといっても、天職に左右されてしまう事が多く、なんでも揃ってるとは言い難い。

 怪我をして治療院に行ったとしても回復系の魔法を使えるものは多くはない。

 病気に至っては言わずもがなである。抑病気にしても一種類しかないわけではない。

 殆どの病に関しては無知である。


 怪我は治せても病気は治せない。

 もちろん全く方法がないわけではないが、無知故にそれを思いつかないだけであった。


 だからといってポーションのような薬を作れる人間はもっと限られてくる。


 狙って作ったわけではない。

 狙ったわけではないけど、出来てしまった。

 ユータ曰く万能過ぎる聖女の力で出来てしまった。

 もちろんレシピは残してある。


 効果の確認こそ出来ていないものの、鑑定の結果として「病気」と総称するものを治すポーション。 

 怪我や体力を回復するポーションももちろん出来ている。

 店に並べるのは主にそっちがメインである。


 同じように鑑定する事が出来るユーリが、それらを見て驚愕している。


 「これ、値段付けられないんじゃ?」


 「病気を治すポーション?貴族からは高値で金貨100枚、平民からは銀貨10枚くらいで良いんじゃないかな。」

 レティシアが言いたいのは、所得に応じて金額を変動したら良いのではというものだった。

 まだ開店すらしていない店がする行動ではないけれど、その考え自体は悪い事でもない。


 治し方もはっきりせず、病で亡くなる人の数はそれなりに多い。

 それが少しでも減るのであれば、貴族だって金に糸目は付けないだろう。

 問題は平民の場合、せっかく薬があっても高額では諦めるしかない。

 生きる事を諦めてはいけないのだが、レティシアが渋る事でそうさせるわけにはいかない。


 作れるのだから売る。売る事で助かるなら売る。それだけの事。

 ただ、慈善事業ではないのだから金額はともかくお金は取りますよというわけだ。

 少し頑張れば支払い出来ますよという感覚が、銀貨10枚くらいじゃないかと踏んでいた。

 駆け出し冒険者が泊まる、食事付だけど安い宿屋の1泊料金が銅貨50枚という事を考えれば、銀貨10枚は少しお高いが支払えない金額ではないといったところだろう。

 


 「とりあえずは時価……店主と相談とでもしとけば良いんじゃないかな。」


 他にもアクセサリー類がいくつか。

 鉱石や金属、魔石等が大量にあるために、冒険者時代から少しずつ試作していたものだ。

 

 「あ、ユーリとラッテとメイにコレあげる。鑑定すればわかるけど、聖女の加護がツイてるよ。」

 言葉の発音が少しずれていたが、その加護は普通じゃない事は明らかである。

 レティシアは店員として働く彼女らのため、彼女らを護るために作ったものだ。


 そして3人共左手の薬指にその指輪を嵌めていた。


 初日なので人もそんなにはこないだろうと思っており、商品の数はそれほど多くはない。

 様子を見ながら必要なものは見極めていこうと考えていた。


 商業ギルドに行き既に店の開店に関する許可は得ている。

 宣伝はチラシを作り冒険者ギルドと商業ギルドに張り出し、いくつかは置かせて貰っている。

 何人かの目には既に止まっているはずだと考えている。


 店の扉の上、そして店の前には店名の掛かれた看板が立てかけられてる。

 西方無敵作成の看板が。

 【シアのアトリエ エターナルオブシア】は開店を迎える。

 聖女感は皆無だった。



 「開店する前に……聖女の結界!」

 久しぶりに聖女らしい仕事、聖なる結界を張った。

 それは泥棒や暴漢などの悪態から守るというものと、単純に魔物から守るためのもの。

 結界はレティシア自身を中心に、に街全体を覆っていった。


 レティシアは深く考えてはいない。

 この瞬間世界で一番安全な街が誕生した。

 誕生したのだが、それを知る者はいない。

 

――――――――――――――――――――――――――

 後書きです。

 父のくだりはらんまのCDアルバムからですな。

 もちろんそのままは使えないので、かなりアレンジしてますが。

 あの2行で分かった人は聞いていたという事に。

 八宝菜とシャンプーの婆ちゃんの曲ね。


 ド―ターコンプレックスなんてあるのか知りませんが、娘ラブラブ親父という意味で。

 スローライフするのに実家がうざいと思ってる人もいるかなと。



 銅貨100枚=銀貨1枚

 銀貨100枚=金貨1枚


 一般家庭の月収は銀貨20枚に届かない程度です。

 実はギルド受付嬢の方が高い給与を得てます。

 女性の憧れの触手……職種上位です。

 ただし天職が話系や算術系などがある場合に限る。 


 他の異世界ものとは貨幣枚数設定は変動しております。

 現実世界の円とかの変換感覚は一切ありません。

 つまりこの世界、小銭じゃらじゃら持ってる人多いです。

 「跳ねてみい。」「ぴょんぴょん、じゃらじゃら。」

 というカツアゲがしやすい環境にあります。

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