五話目 

 


 相変わらずの牢屋の中。来てくれるのもテリーナだけで退屈していた。コツコツと靴の音。チャリチャリと金属の触れ合う音。お陰で誰がここの鍵を持ってるかわかったよ。

 こんな牢屋、おさらばだ。

 口に籠もった手錠の鍵。さぁ、次はこの鉄格子の鍵。勿論目星はついている。しかも今日は新人刑務官。ラッキーだ。

 すると誰か来た。この時間、刑務官は来ないし鍵を取ったのをバレたのか?

 ドクドクなる心臓。コツコツ近づく足音。

 私の前に現れたのは_____


 ブロンド髪のワインレッドの瞳の魔王のような男。Y帝国の総統様だった。


 息が止まるのを感じた。じっとその総統様を見つめた。今にも飲み込まれてしまいそうな瞳、戦慄とする空気。この青年。私の国で新聞に載ったY帝国の総統様だ。何故ここに。そもそもどうしてここまでこれたのだろう。

 後ずさった。総統様はクククッと喉を鳴らし、私を見た。

「何に怯えているんだ?」

 確かにそう言ったのは総統様だった。まだ青年感の残るよく通るバリトンボイス。体が震えた。怯えているのではない。興奮しているのだ。

「まぁ、いい。先日は情報提供ご苦労だった。実に助かったよ。」

 ……先日の、情報提供?

 あぁ、あのときの。新人兵士。あの人、Y帝国の軍隊だったんだ。騙された。あの好青年に。

「そこでだ、アディーレ・フランソワ。共に来い。頼みたいことがある。」

「頼みたい…事?」

 私は思わず零すように呟いた。

「あぁ、そうだ。聞きたいこと、あと君の知識の有効活用をはかろうと思う。取り敢えず話は外で。」

 するとどこからか取り出した牢屋の鍵で牢屋を開けた。キィィィ…と耳障りな金属音。

「さぁ来い。我が国、Y帝国へ!」

 私はずっと総統様を見つめた。

「まず鍵を吐き出せ。」

 私は戸惑ったがゆっくり吐き出した。透明な唾液が鍵と共に地面に落ちた。総統様は容赦なくそれを拾い上げた。そして私の手錠を外した。そして少し乱暴にしかし優しく私の手を引いて外へ出た。外には仲間と思われる人がいた。外の空気は澄んでいて心地よかった。ふぅーと吹く風。久しぶりに感じた。日光が眩しくもあった。

「あっ!アディーレちゃん!!」

 そう言ったのは聞き覚えのあるあの人の声。そっちを見ると高身長で群青色の瞳をした男がいた。笑っていた。無邪気に子供みたいに。

「俺や、俺や、覚えとる?俺やで?」

 オレオレ詐欺のように言って迫った。私は思わず後ずさる。私の手を握る総統様は笑って言った。

「彼はビル・ガードナー。ビルと呼んでやれ。彼が君をここから出したいと言ってくれたんだ。」

 私はそう聞いて大きなビルを見上げた。

「ありがとう…ございます。」

「ええってええって!な、一緒に帰ろぉや!!」

 可愛がるように私の頭をぐしゃぐしゃ撫でると笑って手を握ってきた。優しい人だな。笑ってくれて撫でてくれて。



 総統様とビルは私を電車と呼ばれるものに乗せた。酔ったりもしたがなれた。美しい景色が流れてゆく。あれはなんだろう。これも。あれも。私は好奇心に囚われた。

「ねぇ、ビルあれは何?」

「ん?あれは船やで。海とか水辺を移動するために利用するすんねん。」

「じゃああれは?」

「あれは、馬車やね。馬がおるやろ?」

 私が聞くとビルは楽しそうに答えてくれた。ふと総統様やビルの方を見ると微笑ましそうに私を見つめていた。恥ずかしくなり思わず赤面で俯いた。すると大きな手でビルが私の頭を撫でた。

「これから一緒に勉強してこな。」

 私は恥ずかしくなりながらもこくりと頷いた。するとビルはフフと笑った。そばでクククと喉を鳴らす総統様。本当、優しい人だな。私は思わずほころんだ。



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