三話目

 


 暗く鉄臭い鉄格子。所謂牢屋、というもの。汚くお粗末な寝具に腰掛ける。私は腐りかけのパンに小さく口つけた。とても美味しいとは言えないけれど食べるほかない。

 私はC連邦国の裏研究所で人間を兵器化させるプロジェクトで選ばれた人間。Y帝国との戦争がなければ今頃兵器と化していただろう。まぁ、戦争がなければ兵器化なんてしなくて済むけれど。しかしC連邦国は戦争に負け、高度経済成長を望み秩序を守り始め、裏研究所が倒産した。私は兵器の可能性有りとして収容された。

 するとチャリと金属と金属がぶつかり合う音を立てながら足音が聞こえた。華やかな柔軟剤の香りが鼻を掠める。

「今日も来たわよ。アディーレ。」

 そう言いながら姿を現した、美しい女性。赤い口紅に黒い綺麗な軍服。青く長く下ろされた髪。そんな女性は華やかに艶美に笑っていた。

「来てくれたのね。テリーナ。」

 私は笑いながらテリーナを見た。するといきなり目尻を吊り上げて私に叱った。

「またそんなもの食べてるの!?」

「食べないと不自然じゃない。」

 私は小さくなりながら言った。テリーナはパンを持ってきてくれる。甘くフワフワなパンを。

 私はそれを頬張った。

「こんなことしちゃっていいの?幹部何でしょ?」

 テリーナはC連邦国の軍人、そして幹部だ。女性人初の女性幹部。つまり、すごい人だった。昔は、私もテリーナと同じ軍事学校だったけどテリーナの背中は遠く私ごときじゃ届かなかった。私は科学に力を入れていた。だから兵器化に関しては私の知識を利用するという意味で誘われた。

 騙されたけど。

「知ってるでしょ?私はこの国のお気に入りなの。だからいーの。」

 お気に入り…ね。羨ましい。

「あっ私今日会議だった。またね。」

 長くしなやかな手をひらひら舞わせてその場を去った。

 静寂に包まれながら溜め息をついた。



 するとまた誰か来た。一瞬テリーナかと思ったが足音が違う。誰だろう。

 すると姿を現したのは高身長で全てを見透かすような群青色の細く糸目の瞳。口角が上がる。

 誰、この人。

 服装は軍服だった。しかし、まだ色あせておらずシワひとつない。新人だ。胸元にあるバッチの色とエンブレムで情報管理部隊だとわかる。しかし、あんなエンブレムだったか?

 男は私を見つめたまましゃがみこんだ。牢屋の近くで。何、この人。

「な、なんの用ですか。」

 私は警戒しながら言った。しかし男は静かに笑うばかり。

「ここは貴方が来るようなところではありません。」

 男から離れようと後ずさると腕を引かれた。本当に何なのこの人。

「あんさんがアディーレ・フランソワ?」

 まさか知られていた。確かに男呼んだ名前は私のフルネームだ。私は否定せず肯定せずに男を睨んでると笑った。ウフフと笑った。見た目によらず女の子みたいな人だ。長い睫毛が震えている男。

「そうみたいやね。」

 方弁で話していることに気が付いた。

「思ってたよりずっと可愛いわぁ〜!」

 よく回る饒舌でペラペラ語る。調子が狂う。

「貴方、一体何なの…?」

 男は笑いながら頬を指で掻いた。

「あちゃ〜ドン引きされてるやん。まぁ、ええわ。なぁ、教えてや。この辺に超すごい機械技師がいるっちゅうねん。知らん?」

 機械…技師。

「知りません。そもそもなんで私に聞いてるんですか。ずっと牢屋にいるんですよ?」

「アハハ、情報収集しとったらここに辿り着いてね。牢屋か…。何年くらいおんの?」

「……二年…くらい。」

「ほぉ〜ん。じゃあええわ。機械技師を拉致して帰るわ。おっと口走った。誰にも言うなよ?」

 恐ろしい事を言いながら鋭い目つきで私を見た。拉致…して。

「ッやめて!」

「一生懸命やん。冗談やって。でもそんな一生懸命なんやったら機械技師と関わりあるやん。」

 ッしまった。

 口をパクパク開けたり閉じたりして否定できなかった。この人、詐欺師みたいなやつだ…。騙された。男は私を見るなりケタケタ笑った。

「ご協力あんがとさん。またね、アディーレちゃん。」

 手を振って牢屋から出ていってしまった。私は脱力しながら鉄格子にもたれかかった。






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