隻脚の外交官

桐崎 春太郎

一話目

 実に呆気なくつまらぬ勝利だった。


 簡単で実に滑稽。


 それ故の不注意、油断だった。



 戦争が無事勝利で終わった。いや、無事ではなかった。

 降伏の報告を受け喜び雄叫びを上げる男兵。ボロボロでしかし笑顔で泣き叫ぶ男兵。あちらこちらで舞う灰と、赤い炎。地面に散らばる武器や布、人間の変わり果てた肉片。戦場に身を投げ出された兵士たちはどこか嬉しそうだった。

 それは、そこの指揮官、いや総統のアレクサンドル・ペレーヴィンも例外ではなかった。仲間と共に笑う所謂“戦争家”と呼ばれる男アレクサンドルはいつも通り笑った。俺もアレクサンドルの横で勝利を喜んだ。


 しかしそれもつかの間。


 鼻を掠める火薬の香り。嫌な予感とともに俺を支配する恐怖と戦慄。拙い。

 咄嗟に俺はアレクサンドルに覆い被さった。所謂肉壁。それを理解した上での行動。

 物凄い衝撃と叫び声と灰の香り。衝撃により俺とアレクサンドルは倒れた。


 痛い。


 今の俺にはそれしか考えられなかった。叫ぶようにして俺の名前を呼ぶアレクサンドル。迫真でかつ力があった。

 良かった。アレクサンドルは無事だ。

 そばに倒れる敵兵。あぁ、自爆特攻だった訳だ。油断した。

 アレクサンドルの金切り声を聞きながら意識を失った。




 俺の国は戦争国家。戦争で戦果を得て独立して力をつけていった戦争国家。だから我が国“Y帝国”は敵なしで恐れの多い国だった。貿易が盛んな国でもあった。物資、武器、兵器、人材。全てにおいて力を持っていたトップクラスの国。

 しかしそんな国にもかけているものがある。


 それは____技術力。


 機械も量産もあまり力がない。しかし科学と人材で乗り切ってきていたようなもの。それはときに俺たちの敵となる。




 目を覚ますとアレクサンドルが俺を見ていた。情けない顔をして。子供の頃を思い出すようだった。アレクサンドルは俺が目を覚ましたと気づくと声を張って「大丈夫か!?ニコライ!」と名前を叫んだ。お陰で医師が気付け近寄ってきた。我が優秀な医務官フリッツ・メイディー。穏やかに笑う彼は「ちょっと総統君病室では静かにしてくれない?」

と言って俺を見た。そして優しく体を撫でながら傷がないか探した。どうやら上半身は背骨にひびが入っただけだったようだ。

「ごめんね。間に合わなかった。」

 俺を見るなり悔しそうに下唇を噛み締めた。そんなフリッツはあまり見たことがなかったから不安になった。

 アレクサンドルは「ごめん。ごめん、油断してた。すまないニコライ。」と謝罪をした。



「右脚が駄目で切り落としました。」



 その一言で一気に病室が凍った気がした。いや、俺の中で光を失った。片脚がないなんて、冗談みたいだ。しかしそのような怪我、戦争ではかすり傷のようなもの。それでも衝撃は強かった。アレクサンドルの隣で剣を振るう俺がこんな理由でアレクサンドルの隣を諦めなくてはならないなんて。幹部として外交もしていたのに。これからどうすればいいのだろう?

 一気に世界が暗くなった。


「ニコライ!!まだ諦めるな!俺がッ俺がなんとかするから!だから諦めないでくれ!」

 アレクサンドルはそれだけ言って病室を出ていってしまった。

 フリッツがコーヒーを用意してくれた。コーヒーがヤケに体に滲みた気がした。体中熱くなる。溜息をつくと俺は気が付いた。

 泣いていることに。



   Y帝国の外交官は隻脚。

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