王国の敗走

 ビシュトリアからの攻撃を真っ正面からもらった超装甲強襲艦。前方の厚い装甲が容易く砕かれ、内部を抉り抜いていく。


「警告! 警告! アビサルフォートレスに甚大なダメージ!」

「直撃を受けました! 緊急事態発生です!」

「アビサルフォートレスのエンジンに異常発生!」

「内圧が上昇中! サブサポートコアが全基暴走しています! 間もなく爆縮!」


 けたたましく警報が鳴り響くアビスホエーラの艦内。

 各部署は緊急の対応に追われていた。とりあえず、ビシュトリアからの攻撃が貫通してきてもいいようにアビスホエーラの待機位置を変更する。

 超装甲強襲艦を貫いた攻撃はアビスホエーラすれすれを通過した。膨大なエネルギーが生み出す衝撃波に船が大きく揺れる。

 超装甲強襲艦で爆発が連続している。緊急時用の脱出艇が発進するのが多く見えた。

 味方の救助作業に入ろうとする船員。だが、デンゼルは突然席を立ち上がると慌てたように走る。


「ええい、邪魔だどけ!!」


 急いで航海士を押しのけると、緊急コードを入力してワープ装置に手を置いた。さすがにこれには航海士が制止する。


「デンゼル様!? どうするつもりですか!?」

「緊急ワープだ早くしやがれ!!」

「無茶です! ワープアウトした先に別の何かがあれば木っ端微塵になりますよ!」

「貴様の小さい脳をフル活用して考えろ! ここにいてアビサルフォートレスの爆発に巻き込まれる確率と、ワープした先に巨大な障害物がある確率! どう考えても前者の方が死ぬ危険が高いだろうが! 分かったらさっさとワープしやがれ! 死にたいか!!」


 早口でまくし立てると、通信機を引ったくるように奪った。


「全艦直ちにワープしろ! どこでもいい! 障害物の有無を気にせず行け!! 死にたくないならさっさとワープだ!!」


 デンゼルの命令でアビスホエーラを先頭に次々と船がワープする。

 だが、直後に超装甲強襲艦が大爆発を起こした。凄まじい爆風と衝撃波が周囲一帯を蹂躙する。

 わずかにワープ開始が遅れた船は衝撃波で粉々に砕けていく。骸を晒し沈んでいく船が多い中、逃走に成功したのはわずか三割ほどの艦隊だけであった。



 最大ワープ中のアビスホエーラ。

 その艦長席でデンゼルが頭を抱えていた。今回の失態を考えると、間違いなく総指揮官の座を剥奪される。

 いや、それで済めばありがたい。今回の被害は第三軍の運用に致命的な損失を与えている。軍事裁判にかけられるとほぼ確実に極刑ものだ。

 頭をかきむしって頭髪を散らせていると、部下の一人が恐る恐る報告に上がる。


「デンゼル様。間もなく、ワープアウトです」

「……なぁ。俺、死んだことにして逃がしてくれないか?」

「え?」

「ほら。ここから第三軍の本拠地までに帰る途中、ミサイル一発この船に撃ち込んでそこに運悪く俺がいたってことで」

「そ、それは……」

「頼む。脱走は死刑だが、死んでいるなら探そうとしないだろうよ。どのみちこのままだと俺は死刑だ」


 部下たちが黙って考える。

 いくら上官の命令とはいえ、それは許されることなのか迷っていた。もし発覚すれば、全員処罰を受けてしまう。

 死刑まではいかないが、かなり重い降格処分を下されるだろう。

 だが、それでも部下が呆れたように笑ってため息を吐き、迷うクルーに指示を出す。責任はすべて自分が負うとして格納庫に連絡し、戦闘機の用意をさせる。


「お疲れ様でしたデンゼル指揮官。今後はどうするつもりで?」

「そうだな。もしものために用意しておいた金を使って、どこか適当な星で酒場でも開くよ。その時は飲みに来てくれ」

「そうさせていただきます」


 そんな会話をしていると、アビスホエーラがワープアウトした。

 その直後、耳障りな金属音と軽い衝撃がアビスホエーラを襲う。


「な、なんだ?」

「何か障害物と接触したようですね」

「確認しろ」

「……ッ! ……デンゼル様。衝突したのはクロノハーデスです」

「……は?」

「デンゼル様。ソーマ様から呼び出しです……」


 ドラムグード王国は、本軍、青の軍、赤の軍、紫の軍、白の軍の五つで構成されている。

 クロノハーデスとは、そのうちの紫の軍の全権旗艦なのだ。そして、この船を使うことが許されているのはたった一人。

 映像が映し出される。連邦軍の勇者らしき少女たちが裸で首に縄をかけられて吊されている悍ましい背景の前に、紫髪の整った顔立ちの青年が座っていた。

 青年の額には青筋が浮かんでおり、怒っていることが窺える。

 この青年が、紫の軍統括。王国最強と名高い四天龍と呼ばれる者たちの一柱――紫の邪神龍ソーマ=クルティアだった。


『おいデンゼル。貴様、僕の船にぶつかってくるとはいい度胸だな』

「も、申し訳ありませんソーマ様!」

『謝って済むなら安い話だよなぁ?』


 ソーマが腕を前に突き出す。その動きと連動するようにデンゼルが窒息感を感じ、体が宙に浮いた。


『貴様の行動を当ててやろうか?』

「か、は……!」

『第三軍の主力を引き連れ連邦領に侵攻したことは把握している。なら、貴様等はそこで大敗して慌てて逃げるためにろくに考えも確認もせずワープ、結果として僕の船にぶつかった。違うか?』

「ち、が……」


 首を絞める力が強くなった。ソーマの怒りが少し増す。


『ほぉー? ……おいお前。確か名前はディルクだったな。どうなんだ?』

「そ、そのようなことは……」

『……死にたいか?』

「ッ! すべてその通りでございます!」


 それを聞くと、デンゼルの首を絞める力がさらに強くなった。


『貴様議会の承認を待たずに勝手に軍を動かした上に大損害を与えやがって。指揮系統は違うが特例が認められる案件だ。四天龍権限で貴様を処刑する。おいディルク』

「は、はいっ!」

『たった今からお前が第三軍の指揮官だ。後から職権でもなんでも使って議会と貴族連中は黙らせておいてやる。最初の任務は議会に今回のことを報告しにいくこと! 分かったかディルク第三軍総指揮官!!』

「はっ!!」


 通信が途切れ、デンゼルの首がちぎれた。

 クロノハーデスがワープしどこかへと消えていき、アビスホエーラはドラムグード王国の本星へと進んでいく。

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